穂久邇文庫本源氏物語

穂久邇文庫本源氏物語：鎌倉時代末期の貴重な写本

穂久邇文庫本源氏物語は、愛知県豊川市にある穂久邇文庫が所蔵する源氏物語の写本です。鎌倉時代末期に書写されたと推定され、全54帖が揃った貴重な資料として知られています。ただし、蓬生と関屋、常夏と篝火、横笛と鈴虫の各帖は合冊されているため、全体では51冊となっています。

保存状況と特徴

本写本は、経年による若干の手ずれや虫食いが見られますが、本文の判読を妨げるような大きな損傷はなく、全体として良好な保存状態を保っています。花散里、椎本、宿木の巻には若干の乱れがあり、宿木巻には約1丁分の欠落が見られます。

奥書と筆者

桐壺と夢浮橋の巻末には、元応2年10月（1320年）付の奥書が確認できます。古筆鑑定の結果、冷泉為相、二条為明、二条為定、後光厳天皇の4名が筆者として挙げられていますが、実際にはさらに多くの筆者によって書写された可能性も示唆されています。鑑定では各筆者の分担帖が特定されていますが、実際にはより複雑な経緯があったと考えられます。

勘物と本文の系統

桐壺巻の巻末には、32項目からなる約3頁の注釈的な勘物が付されています。かつては、この勘物が藤原定家による注釈「奥入」であると考えられ、本写本が青表紙本系統である根拠とされていましたが、現在ではその見解は否定されています。勘物の筆者は本文の筆者とは異なり、「紫明抄」に近い内容を持つことが判明しており、定家本（青表紙本）の「奥入」とは大きく異なることが明らかになっています。

本文の系統については、奥書に「嘉元二年九月廿九日以定家卿本校合了」と記されていることから、定家本（青表紙本）と校合されたことが分かります。和歌の表記も定家本特有の形式で書かれています。しかし、本文の内容は、定家本系統とされる一方で、他の諸本（横山本、肖柏本、三条西家本など）と共通する部分も存在し、必ずしも定家本に完全に一致しているわけではありません。阿部秋生は、本文の系統意識は希薄であると指摘しています。巻別に調べると、青表紙本系統の本文と、他の諸本系統の本文が混在していることがわかります。

付属文書

本写本には、系図、目録、「子源氏添状」と称する文書、奥書の写し（桐壺巻と夢浮橋巻）、古筆鑑定の極札、極目録、褒詞など、様々な文書が付属しています。これらの付属文書全てが本写本と直接関係があるとは限らず、系図や目録、子源氏添状については、本写本に元々付属していたものかどうかは不明確です。

校本への採用と影印本

『校異源氏物語』や『源氏物語大成校異編』には採用されていませんが、『日本古典文学大系源氏物語』（岩波書店）、『新編日本古典文学全集源氏物語』（小学館）、『源氏物語別本集成 続』（おうふう）などの校本には、校異が採られています。また、1979年から1980年にかけて、日本古典文学会編『日本古典文学影印叢刊』において、全54帖の影印が5分冊で刊行されました。

結論

穂久邇文庫本源氏物語は、その奥書や本文の系統、付属文書などから、鎌倉時代末期の写本として貴重な研究資料となっています。定家本との関係性や本文の多様な系統などを解明する上で、重要な役割を果たす写本といえます。今後の研究においても、この写本からの知見が期待されます。

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