筑紫丸 (特設潜水母艦)

筑紫丸（つくしまる）

筑紫丸は、大阪商船が所有していた貨客船です。当初、大阪大連航路用として建造されましたが、太平洋戦争の開戦により、その役割は大きく変わることになりました。特設潜水母艦、特設運送艦としての激動の時代を経て、戦後は復員輸送にも従事し、最終的には海外へと売却されました。しかし、その後の消息は謎に包まれています。

建造から徴用まで

1937年に就航した黒龍丸級貨客船に続き、筑紫丸級貨客船の1番船として川崎重工艦船工場で建造が開始されました。大阪商船は、長らく三菱長崎造船所に貨客船の建造を発注していましたが、報国丸級貨客船以降、川崎重工や三菱神戸造船所などにも発注するようになります。

1940年6月20日に起工した筑紫丸は、1941年9月24日に進水しましたが、そのわずか3ヶ月後には太平洋戦争が開戦しました。二番船として建造されていた浪速丸は、1941年4月18日に建造が中止され、解体されています。筑紫丸は、艦船建造が優先される状況下でも、スケジュールを縫って建造が続けられ、1943年3月25日に竣工しました。

竣工と同時に日本海軍に徴用され、特設潜水母艦として佐世保鎮守府籍となります。この時、特設潜水母艦であったさんとす丸が特設運送船へ類別変更されており、筑紫丸がその役割を引き継ぐ形となりました。

特設潜水母艦としての活動

筑紫丸は呉潜水戦隊に編入され、旗艦を務めます。その後、訓練を主体とする第十一潜水戦隊が編成されると、その役割を引き継ぎ、瀬戸内海で母艦任務に従事しました。

1943年12月からは、南方への輸送任務にも従事し、12月21日に門司を出港するヒ27船団で南下、1944年1月2日にシンガポールに到着しました。3月には、トラック諸島やサイパン島方面への輸送も行っています。その後、再び瀬戸内海での母艦任務に戻り、6月には伊予灘で訓練中に沈没した伊号第三三潜水艦（伊33）の捜索活動に、潜水母艦長鯨とともに参加しました。

特設運送艦への転換と終戦

1944年末頃には、第二甲板の一部を撤去して石炭庫が設置され、九州で産出された石炭を阪神地区へ輸送する任務に就きました。1945年1月20日には、特設運送艦に類別変更されています。6月4日には、周防灘本山沖で触雷しましたが、応急処置により沈没は免れました。

8月15日に終戦を迎えた筑紫丸は、GHQの日本商船管理局（SCAJAP）によりSCAJAP-T127の管理番号が与えられました。11月30日には、海軍省の廃止に伴い、特設艦船籍から除籍されています。

戦後の復員輸送と海外売却

12月1日、第二復員省の開庁に伴い、佐世保地方復員局所管の特別輸送船に指定され、復員輸送に従事しました。1946年3月には、日高信六郎駐イタリア大使ら在欧外交官一行をマニラから浦賀まで輸送しました。同年8月15日には特別輸送船の指定を解かれ、8月20日付けで解傭となりましたが、その後も復員輸送に従事しています。

1947年5月には、ラングーンからの復員兵を乗せて日本へ向かう途中、シンガポール付近でエンジン故障を起こし、一時立ち往生するトラブルもありました。応急修理で日本へ帰国後、生まれ故郷の川崎重工で修理を受けましたが、その後は神戸港や因島で係留され、1948年5月4日にはエンジンルームを全焼する火災事故も発生しました。

戦後、大阪商船は、同じように戦争を生き残った高砂丸とともに、筑紫丸の扱いに困っていました。最終的に、1952年1月31日にパキスタンのパン・イスラミック・スチームシップに68万ドルで売却され、船名もサフィナ・E・ミラットと改められました。

売却後、川崎重工で機関の整備が行われましたが、パキスタンから新たに配属された船員は複雑なタービン機関に慣れておらず、大阪商船から派遣された社員が指導にあたりました。整備を終え、8月6日に神戸港を出港する予定でしたが、発電機の不調で出港できず、港の野次馬からは「いつ出港するのか」「無事にカラチに着けるのか」と冷やかされる始末でした。

その後の消息

神戸出港後の消息は、パン・イスラミック・スチームシップの船隊の一隻として、ムスリムの巡礼船として使用されたという記録が残るのみで、詳細は断片的です。1955年にロイド船名録の記録から抹消された、1953年3月16日にカラチ港で火災を起こしてスクラップになった、あるいは1960年に紅海で火災事故により失われたなど、様々な説がありますが、いずれも確証はありません。

余談：誤認された撃沈戦果

1944年8月23日、アメリカ潜水艦タングは、北緯34度37分 東経137度50分の地点で商船を発見し、魚雷を命中させて撃沈しました。タングの艦長は、その目標を「ぶゑのすあいれす丸」のようだと戦時日誌に記しました。戦後の戦果判定では、「15,000トンの海軍大型輸送船」を撃沈したと認定されましたが、その後の再調査で10,000トンに下方修正されました。

JANACによる再調査では、タングが撃沈したのは筑紫丸であるとされました。しかし、それは本稿の筑紫丸ではなく、同名の1,857トンの貨物船でした。タングの撃沈スコアは最終的に修正されませんでしたが、この誤認は、筑紫丸の複雑な歴史をさらに興味深いものにしています。

艦長

艤装員長
関禎 大佐：1943年1月15日 - 1943年3月25日
艦長
関禎 大佐：1943年3月25日 - 1943年5月1日
溝畠定一 大佐：1943年5月1日 - 1944年7月27日
高橋長十郎 大佐：1944年7月27日 - 1945年1月6日
關本織之輔 大佐：1945年1月6日 - 1945年1月20日
特務艦長
關本織之輔 大佐：1945年1月20日 - 1945年10月1日
大友文吉 大佐/第二復員官：1945年10月1日 - 艦長 1945年12月1日 - 1945年12月25日
上田泰彦 大佐/第二復員官：1945年12月25日 - 1946年8月15日

出典

アジア歴史資料センター（公式）（防衛省防衛研究所）
Ref.C08011359800『筑紫丸引渡目録（昭和二十年十月五日現在）』。
Ref.C08030129900『自昭和十八年三月一日至昭和十八年三月三十一日 呉潜水戦隊戦時日誌』、30-51頁。
Ref.C08030129000『自昭和十九年六月一日至同年六月三十日 第十一潜水戦隊戦時日誌』、15-33頁。
Ref.C08030129000『自昭和二十年六月一日至二十年六月三十日 特務艦筑紫丸戦時日誌』、21-44頁。
新聞記事文庫（神戸大学附属図書館デジタルアーカイブ）
大阪朝日新聞（1939年4月11日）『川崎造船(四十万株)を大阪商船肩代り 支配船腹を充実強化』。https://hdl.handle.net/20.500.14094/0100103604。
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川崎重工業（編）『川崎重工業株式会社社史 年表・諸表』川崎重工業、1959年。
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青山千童「筑紫丸を憶う」『海洋』第638号、海洋会、1965年9月、23-26頁、ISSN 0911-3193
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松井邦夫『日本商船・船名考』海文堂出版、2006年。ISBN 4-303-12330-7。
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海軍歴史保存会『日本海軍史』第10巻、第一法規出版、1995年。

外部リンク

“生存した船 筑紫丸”. 戦時下に喪われた日本の商船. 三輪祐児. 2012年6月14日閲覧。
* “筑紫丸”. 大日本帝国海軍特設艦船データベース. 2023年10月24日閲覧。

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