結核の歴史

結核（tuberculosis）は、太古から人類社会に存在し、時代や地域によって「消耗病（consumption）」、「phthisis」、「白疫病」など多様な名称で認識されてきました。この病の原因となる結核菌は、同じマイコバクテリウム属に属する、より原始的な微生物を起源に持つことが知られています。ヒトにおける結核の歴史は、2014年にペルー南部の遺跡から得られた結核菌ゲノムDNAの研究により、6000年よりも新しいものである可能性が示唆されています。

世界各地での歴史

結核は非常に古い病として知られ、文字記録が残る中国、インド、ギリシャ、メソポタミアといった古代文明の文献からも、有史以前から人類に広まっていた感染症であったことが確認できます。考古学的な発見もこれを裏付けており、例えば紀元前5000年頃の日本（鳥取県）や紀元前7000年頃のイスラエル沖で発掘された人骨から、結核菌の痕跡や骨の変形が見つかっています。紀元前1000年頃のエジプト第21王朝のミイラには、骨結核である脊椎カリエスが認められる遺体も存在します。1世紀初頭のエルサレムで発見された男性骨からは結核菌とらい菌のDNAが検出されており、当時の上流階級の間で結核が流行していたことが示されています。また、紀元前2世紀の中国のミイラや、近年韓国で出土した人骨にも結核の病変が確認されています。歴史上の人物では、「ピアノの詩人」として知られるポーランドの作曲家フレデリック・ショパンや、作家エミリー・ブロンテも結核により命を落としています。

近代における流行と医学の進歩

産業革命を経て「世界の工場」として繁栄した19世紀のイギリスでは、結核が大流行しました。特に1830年頃のロンドンでは、死者の5人に1人が結核によるものとされ、1841年には人口10万人あたり290人という高い死亡率を記録しています。当時の労働者は低賃金かつ長時間労働を強いられ、急速な都市化によるスラムの形成、生活排水の垂れ流しといった劣悪な衛生環境で暮らしていました。過労と栄養不足による抵抗力の低下に加え、不衛生な環境が結核菌の増殖と感染拡大を招いたと考えられます。その後、イギリスではインフラ整備や生活水準の向上、BCGワクチンの接種や化学療法の導入により、19世紀後半から結核は減少傾向に転じました。

産業革命が各国に波及するにつれて、結核もイギリスから世界各地へと拡大しました。明治初期に日本からイギリスへ留学した若者の中にも、現地で結核に罹患し、学業を断念して帰国したり、亡くなったりするケースが多く見られました。

病理学的には、紀元前5世紀にはヒポクラテスが42例の症例を記録していますが、19世紀に入るまで「消耗病」という現象面での理解にとどまっていました。1830年代には、医学・解剖学の発展により、死亡者の肺に特徴的な小さな瘤が見られることが明らかになり、19世紀半ばにラテン語で「tuberculosis」と命名されました。そして、1882年3月24日、ドイツの細菌学者ロベルト・コッホが、その原因菌である結核菌を発見しました。

病原体が特定される以前の19世紀初頭には、結核が伝染性の病であること、そして冷涼な空気と栄養のある食事で自然治癒力が高まることが認識されていました。19世紀後半には、原因療法に先駆けて、患者を隔離しつつ療養させるサナトリウムでの転地療法が確立されます。20世紀に入ると、フランスのパスツール研究所の研究者が弱毒化したウシ型結核菌を用いたBCGワクチンを開発し、1921年に乳児への経口投与で予防効果が確認されて世界に広まりました。治療法においては、1943年にセルマン・ワクスマンらによって、結核に有効な初の抗生物質であるストレプトマイシンが発見され、治療成績が飛躍的に向上しました。

21世紀の結核

医学の進歩にもかかわらず、結核は21世紀においても人類が完全に克服できていない感染症の一つです。現在でも全世界で年間1000万人以上が新たに結核に罹患し、そのうち約150万人が死亡していると推定されており、主要な再興感染症として国際的な対策が続けられています。先進国では、開発途上国出身の移民や難民が発病する例が増加しており、欧米主要国では新規患者の半数以上を占める状況となっています。

日本での歴史

日本では、欧米での大流行からおよそ1世紀遅れて、江戸時代末期から明治時代にかけて結核が猛威を振るい、「国民病」「亡国病」とまで称されるほどでした。明治初期まで、肺結核は「労咳（ろうがい）」と呼ばれていました。幕末の新選組隊士である沖田総司や、同じく幕末の志士である高杉晋作も肺結核で亡くなっています。俳人・歌人の正岡子規も結核を患い、喀血する様子をホトトギスになぞらえて「子規」と号しました。その他にも、陸奥宗光、石川啄木、樋口一葉、中原中也といった多くの著名な文化人や、昭和天皇の弟である秩父宮雍仁親王も結核が死因であったといわれています。

日本における結核の最も古い痕跡は、鳥取県の弥生時代の遺跡から出土した人骨に見られる脊椎カリエスです。縄文時代の人骨からは結核の痕跡が見つかっていないため、日本列島へはアジア大陸から渡来した人々によって持ち込まれたと考えられています。平安時代の文学作品、『枕草子』や『源氏物語』にも、結核を示唆する「胸の病」に関する記述が見られます。鎌倉時代の遺跡から発見された人骨からも、結核菌のDNAが検出された例があります。

近現代の日本では、1899年（明治32年）に初めて結核に関する統計調査が行われ、人口1万人あたり15人程度の死亡者数がありましたが、大正時代には20〜23人程度で推移しました。1934年（昭和9年）には、死亡者13万人以上、患者数130万人以上という深刻な状況でした。特に犠牲が多かったのは、長時間労働や集団生活、不衛生な環境、栄養不足といった劣悪な条件で働いていた紡績工場の女工や、北海道のタコ部屋労働者でした。

日本の結核による死亡率は、1918年（大正7年）のスペインかぜ流行下でピークを迎え、人口10万人あたり257人でした。その後減少傾向に転じますが、1930年代からの戦時体制下では、徴兵された若年男性を中心とする集団生活の中で再び広がりを見せました。

結核対策として、日本では早くから民間の活動が行われており、1889年には須磨浦療病院という初の結核療養所が開設されました。政府も1919年に結核予防法（旧法）を制定し、療養所設置への補助などを行いましたが、国立の結核療養所が初めて設置されたのは1937年になってからです。1942年には工場での健康診断が義務付けられ、これは現在の労働安全衛生法にも引き継がれています。1935年から1950年までの間、結核は日本の死亡原因の第1位であり、「亡国病」とまで呼ばれました。

第二次世界大戦終結後、戦時下の混乱期からの脱却、栄養状態の改善、公衆衛生の発達、そしてストレプトマイシンに代表される抗結核薬の普及といった要因が重なり、1948年頃から結核による死者数は劇的に減少しました。1951年には国民全体を対象とした結核予防法が制定され、隔離治療に加えBCG接種が推進されました。この法律は2007年に感染症法などに統合されています。

一度は激減した結核ですが、1997年には新規患者数と罹患率が約40年ぶりに増加に転じ、1999年には厚生省が「結核緊急事態宣言」を発表する事態となりました。このように、結核は長きにわたり日本人の「国民病」であり続けました。死亡率はピーク時の100分の1以下にまで減少しましたが、2018年時点でも人口10万人あたり12.3人と、欧米の先進国（10人未満）に比べ高い水準にあり、戦後70年以上「中蔓延国」として分類されていました。日本が「低蔓延国」となったのは、罹患率が9.2人となった2021年（令和3年）のことです。

文学への影響

結核は、文学作品においても多くのテーマとなっています。徳富蘆花の『不如帰』、堀辰雄の『風立ちぬ』や『菜穂子』、久米正雄の『月よりの使者』、ドイツのトーマス・マンの『魔の山』など、結核患者の苦悩やそれをめぐる人間関係、サナトリウムでの生活を描いた小説が数多く存在します。

また、自身も結核で療養経験のある作家・横溝正史は、探偵小説の分野には結核療養中に読書に励み、このジャンルに進んだ作家が少なくないという逸話を紹介しています。

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