菅野覚兵衛

菅野覚兵衛：幕末維新を駆け抜けた土佐の熱血漢

菅野覚兵衛（すがの かくべえ）は、天保13年（1842年）に生まれ、明治26年（1893年）に没した幕末から明治にかけての人物です。旧名は千屋寅之助（ちや とらのすけ）といい、坂本龍馬の妻・お龍の妹である起美（きみ）を妻としたことで、龍馬とは義兄弟の関係にありました。彼の生涯は、激動の時代を背景に、志士、海援隊隊士、そして軍人として多岐にわたる活躍を見せました。

維新前：勤王の志士、海援隊へ

覚兵衛は、土佐藩の庄屋である千屋民五郎の三男として生まれました。病弱な兄に代わり庄屋の仕事を行っていましたが、土佐勤王党に加盟し、勤王運動に身を投じます。文久2年（1862年）には、山内容堂を警護する五十人組の一員として上京。そこで坂本龍馬らと出会い、勝海舟の弟子となります。勝の進言により幕府が神戸に設立した神戸海軍操練所にも参加しました。

しかし、禁門の変の影響で勝が軍艦奉行を罷免され、神戸海軍操練所が閉鎖されると、覚兵衛は龍馬や陸奥宗光らと共に長崎へ移り、亀山社中（後の海援隊）を結成。物産や武器の貿易を行いました。第二次長州征討（四境戦争）では、社中の船・乙丑丸（ユニオン号）の艦長として実戦に参加し、長州藩海軍を支援しました。その後も海援隊隊士として活躍しましたが、慶応3年（1867年）11月、京都の近江屋で龍馬が暗殺されるという悲劇に見舞われます。

戊辰戦争：東北での戦い

龍馬亡き後、覚兵衛は慶応4年（1868年）3月に、龍馬の遺志を継ぎお龍の妹・起美と結婚。長崎振遠隊に加入し、戊辰戦争に参加します。同年7月にはイギリス船フィロン号で秋田へ上陸。庄内藩の酒井忠篤軍との戦いでは敗走を余儀なくされましたが、南部藩降伏後には雫石・橋場口の戦いを起こし、盛岡城に入城しました。

維新後：海軍軍人、そして開拓者へ

戊辰戦争終結後、覚兵衛は小松清廉の取り計らいで、元海援隊隊士・白峰駿馬と共にアメリカ合衆国へ留学。ラトガース大学で学びました。帰国後は勝海舟の紹介で海軍省に入省し、艦政局運輸課長や横須賀鎮守府建築部長などを歴任し、海軍少佐にまで昇進します。

しかし、西南戦争勃発直前に海軍造船所次長として鹿児島県に赴任した際、「弾薬掠奪事件」に関与したため、海軍での立場は不遇なものとなります。この事件では、私学校徒らの襲撃・略奪を防ぐため弾薬を水に浸すなどの処置を行い、事態の収拾に尽力しました。その後、造船所を閉鎖し官職を離れ、明治17年（1884年）に辞職。

退官後は、龍馬らと抱いた北地開拓の夢を実現するため、福島県郡山市の安積原野に入植し、開拓事業に力を注ぎました。しかし、その志半ばで病に倒れ、明治26年（1893年）に52歳で死去。墓は東京都港区南麻布の光林寺にあります。

人となりと逸話

覚兵衛は、土佐の人らしい気骨のある人物として知られていました。「（海援）隊中の乱暴者、無鉄砲の、」と評されることもありましたが、実直な性格で、剣の腕も優れていたと伝えられています。龍馬の死後はお龍の面倒をよく見ており、お龍も覚兵衛の素朴で飾り気のない人柄を深く信頼していました。

覚兵衛は、数多くの子供たちに恵まれましたが、長男の代男以外の男児は早世しました。福島県に入植中には、十分な医療を受けられず代男も亡くしています。その後、菅野家の家督は三女の系統が継承しました。

菅野覚兵衛は、司馬遼太郎の『慶応長崎事件』や葉室麟の『暁天の星』などの小説にも登場し、その波乱万丈な生涯は多くの人々に語り継がれています。

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