行基図

行基図とは

行基図とは、古式の日本地図の一種です。奈良時代の僧侶、行基が作成したという説がありますが、当時のものは現存しておらず、真偽は定かではありません。しかし、行基図は後世の日本地図の原型となり、長久保赤水や伊能忠敬が登場する以前の地図は、多くが行基図を基にしていたとされています。

行基図の特徴

行基図は、作成年代によって差異が見られますが、基本的には、平安京（京都）のある山城国を中心に、諸国を俵や卵状（楕円または円形）に表現しています。これらの国々を連ねることで、日本列島の大まかな輪郭を形成しています。また、平安京から五畿七道の街道が伸び、全ての国と繋がっています。地図によっては、国の郡の数や田の面積などが記載されているものもあります。

行基の地図作成伝説

現存する行基図には、「行基菩薩」作と記されているものが多いですが、正史や仏教史書には、行基による地図作成に関する記述は見られません。最古の行基図は、延暦24年（805年）に下鴨神社に納められたものとされていますが、現存するものは江戸時代の書写であり、内容も当時の状況を反映していない点（延暦期には存在しなかった加賀国の記載など）が見られます。

そもそも、行基が生きていた時代には、都は大和国平城京にあったため、行基が地図を作成したならば、大和国を中心とした地図であるはずですが、そのような地図は見つかっていません。そのため、行基が実際に地図を作成したのか疑問視され、後世の人が行基の名を借りて創作したのではないかという見方もあります。

中世に成立した『渓嵐拾葉集』に引用された『行基菩薩記』には、行基が全国を巡り、諸国の境界を定め、開墾を進めた結果を図にし、日本を独鈷の形で描いたことで仏法が栄えたという伝承が記されています。

中世における行基図

最古の行基図とされる延暦24年作成のものは現存せず、現在伝わるものは、江戸時代の有職故実研究家、藤貞幹（1732年 - 1797年）による写本です。この写本には、延暦24年の実情と異なる加筆が見られます（藤貞幹によるものか、それ以前からのものかは不明）。

大治3年（1128年）に三善為康が書いたものを原典とする『二中歴』や、南北朝時代の洞院公賢による『拾芥抄』にも行基図が添付されていますが、書かれた当時のものは残っておらず、現存するものは室町時代以降のものです。

現存する最古の行基図は、鎌倉時代の嘉元3年（1305年）の銘がある京都仁和寺所蔵の『日本図』ですが、西日本の部分が欠けています。また、同時期に他の所有者の地図から転写されたと推定される称名寺所蔵（神奈川県金沢文庫保管）の地図は、東日本の部分が欠けています。両者は大きく異なり、別系統に属すると考えられています。仁和寺所蔵の地図は典型的な行基図の体裁ですが、称名寺所蔵の地図は、元寇以後の軍事的緊迫下にある鎌倉近郊の事情を反映したものか、日本列島が龍のような生物に囲まれ、その外側に唐土や蒙古などの海外の国々、雁道や羅刹国などの空想上の国々が描かれています。

東西が揃っている最古のものは、14世紀半ばに作成されたとされる『日本扶桑国之図』であり、2018年（平成30年）に広島県立歴史博物館が公表しました。

戦国時代の弘治3年（1557年）に描かれたとされる『南贍部洲大日本国正統図』（伝香寺旧蔵、現唐招提寺所蔵）は、日本地図の周辺の外枠に郡名などの情報が記載されています。この図、あるいは同一スタイルの地図が、江戸時代の行基図の基本となっていきます。また、この時代には、屏風絵の背景などにも行基図が採用され、安土桃山時代の作とされる福井県小浜市発心寺の屏風絵などが代表的な例です。

室町時代以降、行基図は朝鮮半島や中国、さらにはヨーロッパまで伝わり、日本地図を描く際の参考資料として用いられたと言われています（『海東諸国記』・『日本一鑑』など）。

江戸時代の行基図

江戸時代に入ると、印刷技術の発達により、大量印刷された行基図が登場します。そのほとんどが、『拾芥抄』あるいは『南贍部洲大日本国正統図』の系統を引く地図ですが、社会の安定と交通の発達に伴い、より実際の日本地図に近い地形が描かれるようになりました。慶安・承応・明暦年間に刊行された行基図が現存しています。

しかし、『正保日本図』刊行以降、交通手段や測量技術の発達などにより、より緻密な日本地図が作成・刊行されるようになり、行基図は実用利用・商業出版の場からは姿を消していきました。

もっとも、教育・芸術分野では、行基図は後々まで使われてきました。文政年間の九谷焼や天保年間の伊万里焼などに描かれた行基図付きの「地図皿」は、日本国外にも輸出されました。

もう一度検索