角海浜

角海浜（かくみはま）

新潟県新潟市西蒲区、かつての巻町地区にあたる日本海沿岸部に位置する地域名、あるいはそこに広がる砂浜海岸を指します。この地は古くから「越後毒消しの里」として知られていましたが、現在は廃村となり、特に海岸線では深刻な浸食が進み、浜への立ち入りも困難な場所となっています。

角海浜は、日本海に面した約50メートルほどの砂浜と、それ以外の三方を山地に囲まれた一帯に広がっており、かつての角海浜村の区域でもありました。この地に集落が形成された起源については複数の説が存在します。江戸時代に能登国から朝倉氏の残党が織田氏の圧政を逃れて定着したという説や、元は隣接する五ヶ浜村の小字だったものが1608年に分村したとする説、あるいは「角海」を「隠れる」という意味に解釈し、落人たちの隠れ里であったとする説などがあります。

自然の猛威：波欠けと山崩れ

角海浜は、古くから自然災害との闘いの歴史を刻んできました。この地域特有の自然現象として、「波欠け（まくりだし）」と呼ばれる、海岸の砂や土を根こそぎ奪い去る激しい浸食が数十年に一度の周期で発生しました。これは、緩やかな海底に形成された瀬や窪みが引き起こす複雑な波の動きと海水循環によって砂が急激に移動することで起こる局地的かつ稀な現象です。波欠けによって多くの家屋が倒壊・埋没する被害が繰り返し発生しました。さらに、僅かに残された耕地も山崩れ（やまだし）によって狭められ、農地のほとんどを失うことになりました。

これらの自然災害の影響は集落の規模にも現れています。慶長12年（1607年）頃には約200メートルの海岸線と250戸の家屋、そして塩田があったとされていますが、明治35年（1902年）には家屋数が92戸まで減少していました。この頃には護岸工事が陳情されましたが実現せず、被害は続きました。昭和44年（1969年）には、ついに角海浜の世帯数は一桁にまで落ち込みました。繰り返される波欠けにより、海岸線はかつての位置から現在までに600メートル以上も後退しています。

越後毒消し産業の盛衰

陸上交通が不便であった一方で、北前船の寄港地であった角海浜は、慶長期に「越後毒消し」の発祥の地となりました。その起源には弥彦神霊授与説や城願寺唐人伝授説など諸説ありますが、少なくとも慶長14年（1609年）頃には角海浜にあった称名寺で作られていたことが分かっています。越後平野が度々水害に見舞われる中で、山を越えた角海浜は水害を免れたことが発祥の理由の一つと考えられています。

称名寺の庫裡で製造されていたこの薬は、硫黄、菊名石、隠元豆（白扁豆）、甘草、天瓜粉（天花粉）を主成分とし、食中毒、便秘、下痢に効く生薬でした。やがて、この薬は『毒消し丸』をはじめとする多くの商品名を生み出すことになります。

江戸時代後期、1840年頃には称名寺の経済的立て直しのため、それまで檀家向けだった薬が広く販売されるようになり、城願寺や滝澤家などでも製造が始まりました。1846年には製造・販売権が村内の滝深庄左エ門に譲渡され、彼を筆頭とした角海浜の男性たちがこの薬を持って他国へ行商に出かけるようになりました。施薬元と売り子から成る独自の販売体制が築かれ、明治維新で関所が廃止され女性の行商が解禁されると、女性の活躍によってこの産業は飛躍的に発展します。

波欠けや山崩れで農地を失った村では、農業だけでは生計を立てることが難しくなり、多くの女性たちが義務教育を終えると、家計を支えるために日本中の都市部で長期にわたる集団生活を送りながら薬売りの行商に従事しました。明治末期から昭和初期にかけてが全盛期で、角海浜周辺の類似した集落（角田浜、五ケ浜、越前浜など）からも多数の女性が従事しました。昭和3年（1928年）には売り子が1125人に達するなど、一大産業を形成しました。自然災害で土地を失った女性たちの中には、「毒消し娘」としてこの行商に携わった人も多かったといわれます。

しかし、第二次世界大戦後の1948年12月に薬事法が施行され、薬の現金取引を伴う行商が禁止されると、この産業を取り巻く環境は激変しました。多くの行商人が配置販売業への転換を迫られ、資金や手続きの不安から転職する者が続出しました。翌1949年には、浦浜村では本籍人口の約3分の1が集落を離れる状況となり、毒消しの本場であった角海浜でも売り子はわずか11人となるなど、高齢化と過疎化が進行しました。さらに新薬の登場や社会情勢の変化により、毒消し売りは急速に衰退していきました。

その後も、毒消しは新潟懸製薬や関川製薬などの企業によって少量ながら製造が続けられました。特に香林堂（現在の吉田薬品工業）が製造していた丸剤『越後毒消丸』は、2009年7月まで製造が続けられました。また、この毒消し売りの女性たちを歌ったものとして、歌謡曲『毒消しゃいらんかね』が知られています。

原子力発電所建設計画と廃村

すでに高齢者のみわずか8世帯13人が暮らす限界集落となっていた角海浜で、東北電力による原子力発電所（巻原子力発電所）建設計画が持ち上がりました。1971年にはこの計画に基づく集団離村が行われ、1974年7月には最後の住民がこの地を去り、角海浜は完全に廃村となりました。しかし、住民を中心とした強い反対運動の結果、建設計画は中止となりました。現在、角海浜地区にかつての集落の面影はなく、その土地の多くは東北電力の所有となり、連絡所が建っているのみです。

失われた歴史の発掘

巻原子力発電所建設計画に伴う緊急調査として、角海浜では坊ヶ入墳墓、沙山遺跡（城願寺跡の深層から見つかった集落跡）、そして植野家（城願寺に隣接する民家）などの発掘調査が行われました。これらの遺跡は、波欠けによって砂の中に埋没しており、廃棄当時の状態を良好に保ったまま発見されました。近現代の民家跡の発掘調査は当時としては異例のことでした。

昭和55年（1980年）の坊ヶ入墳墓からは肥前焼の骨壺が出土しました。昭和58年（1983年）の沙山遺跡からは中世の陶磁器と共に鉄製の釣り針などの漁具や魚の骨が見つかり、全国的にも調査例が少ない14世紀から15世紀にかけての漁村跡であったことが判明しました。また、植野家からは明治、大正、昭和期の生活用品など多数の遺物が出土しました。これらの発掘調査報告書は1985年に刊行されています。なお、城願寺が所蔵していた古文書「籠島黒印状」は新潟市の指定文化財となっています。

鳴き砂現象

角海浜の砂は、鳴き砂海岸として有名な琴引浜に次いで、石英の含有率が非常に高いことが知られています。1960年代半ば頃までは角海浜でも砂が鳴く音を聞くことができましたが、角海浜隧道の南にある大通川放水路からの排水による汚染のため、現在はそのままでは鳴きません。かつて「角海の鳴き砂をよみがえらそう会」による鳴き砂復活の試みがありましたが、現在は活動は頓挫しています。

沿革

角海浜は、1901年に五ヶ浜村と合併して浦浜村の大字となり、1955年に巻町の大字となりました。2005年の市町村合併で新潟市の大字となり、2007年の政令指定都市移行に伴い西蒲区の大字として現在に至ります。現在の角海浜は、北から時計回りに五ヶ浜、福井、樋曽、間瀬の各地域に隣接しています。

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