護持僧

護持僧とは

護持僧（ごじそう）とは、天皇をはじめとする貴人の身体の安寧を祈るために、特別な祈祷を行った僧侶のことです。天皇の身を護るという目的から「御持僧」とも呼ばれ、夜間に天皇のそばに控えていたことから「夜居僧」とも呼ばれました。彼らは、天皇の寝所である清涼殿の二間にて祈祷を行い、主に天台宗や真言宗の高僧がその任にあたりました。

時代が下ると、護持僧は天皇だけでなく、上皇や中宮といった皇族、さらには摂関家や武家にも置かれるようになりました。ここでは、護持僧の歴史、役割、そして時代による変遷について詳しく解説します。

護持僧の沿革

天皇の身体は国家そのものを象徴すると考えられていたため、天皇の安穏を祈ることは、国家の安寧と繁栄を祈ることに直結していました。その起源は、天皇の病気平癒や延命を祈った呪師に遡るとされ、奈良時代に活躍した玄昉や道鏡は、初期の護持僧に通じる存在とされています。彼らは「看病禅師」として、天皇の看病にあたりました。

護持僧の直接的な起源は平安時代に入ってからです。『護持僧記』によれば、延暦16年（797年）に最澄が任じられたのが最初とされていますが、より信頼性の高い史料からは、清和天皇の時代が護持僧の初期とされています。この時期には、真雅や宗叡といった僧侶が、後の護持僧のように天皇に近侍していました。9世紀中頃までには、護持僧の原型となる僧が登場し、天皇の身体は仏教の力によって守られるようになったのです。

11世紀前半になると、護持僧の数は増加し、制度も整備されました。寺院社会にとっても、護持僧の役職は望ましいものとなっていきました。後三条天皇の時代には、如意輪法・普賢延命法・不動法からなる三壇御修法が始められ、これが後の慣例となりました。

護持僧の任命

護持僧への任命は、天皇の綸旨によって行われました。皇太子の護持僧である春宮護持僧は、令旨によって任命されました。護持僧には、高徳の僧が選ばれ、その法力に期待が寄せられました。任命された僧は、請文を提出しました。

天皇の護持僧の場合、天皇の即位前後に任命される場合と、即位後に適宜任命される場合に分けられます。これらの慣習が明確化したのは、後三条天皇の時代からです。

平安時代には、護持僧を輩出した寺院は、延暦寺、東寺、園城寺がほとんどを占めていました。平安時代後期以降は、その中でも特に家柄の良い僧が選ばれるようになりました。これは、院政期に入り有力寺院が権門化する中で、天台宗や真言宗が宗教的な正統性を示すためのものでした。また、護持僧への任命は、僧の昇進にも影響しました。

寺院の内訳は、平安時代には延暦寺が最も勢力がありましたが、鎌倉時代以降は東寺が進出しました。室町時代には、天皇の護持僧は東寺、山門（延暦寺）、寺門（園城寺）の各長官が務めるものと認識されるようになりました。一条[[天皇]]以降、各天皇に7、8人の護持僧が置かれましたが、その後も増加し、伏見天皇の時代には15人もの僧が任命されました。

平安時代末には、武家や国司も護持僧を置くようになり、護持僧は貴族社会で広く見られるようになりました。鎌倉時代に入ると、将軍個人を護持する将軍護持僧（武家護持僧）も組織されるようになりました。

護持僧の職務

後三条天皇の時代以降、護持僧は清涼殿の二間に伺候し、修法を行うことで、仏の加護を祈りました。この祈祷は日常的なものでしたが、公務や年中行事、自然災害や中宮の出産などの際には、臨時の祈祷も行われました。護持僧の成立により、天皇の身体は神仏の力によって常に守られるようになり、その祈祷は鎮護国家の役割も担いました。

護持僧による修法の特徴は、三壇御修法（如意輪法、普賢延命法、不動法）の実施です。その始まりは後三条天皇の時代とされていますが、堀河[[天皇]]の時代とする説もあります。その後、三種の修法は寺院によって分担され、延暦寺が如意輪法、東寺が延命法、園城寺が不動法を修するようになりました。

如意輪法は如意輪観音を本尊とし、息災を祈ります。普賢延命法は普賢延命菩薩を本尊として増益を祈り、不動法は不動明王を本尊として息災や王敵降伏のために行われました。神仏習合が進むと、護持僧となった真言僧は、神祇の勧請も行ったとされています。

修法以外にも、護持僧は天皇への経典の誦習も行ったとされています。

護持僧成立に関する学説

護持僧が制度として展開していく過程については、いくつかの説があります。

湯之上隆は、護持僧の歴史的な展開を三段階に分け、法力の優れた僧が個人的な信任によって護持僧に任じられた第一期、延暦寺、東寺、園城寺といった有力寺院が護持僧を輩出した第二期、護持僧の補任形態や修法が固定化した第三期としました。

これらの時期は、それぞれ桓武天皇から宇多天皇、醍醐天皇期から院政期以前、後三条天皇期（院政期）以降に当たります。

一方で、湯之上の時期区分には批判もあります。堀裕は、護持僧の概念が成立する以前の段階で、護持僧と同種の性格を持つ僧が活動した確実な時期として、清和天皇の誕生時期を指摘しました。そして、第二期を護持僧制度が整い、人数が増加した11世紀前半、第三期を長日三壇御修法の実施が確実視される堀河[[天皇]]期としています。

「護持僧」という言葉の初見は、平安末期に編まれた『北院御室拾要集』に引用された嵯峨天皇の日記で確認されるため、嵯峨天皇の時代から使われていたとされます。しかし、堀は「護持僧」という語句の本格的な成立は11世紀前半からであるとしています。

武家護持僧

鎌倉時代以降は、武家である将軍家にも護持僧が任じられました。将軍の護持僧は、主に武家護持僧、将軍護持僧、または幕府護持僧などと呼ばれています。

江戸時代には将軍護持僧はいなかったとされますが、徳川綱吉に仕えた隆光など、将軍から信任を得た僧が護持僧と呼ばれる事例があります。

鎌倉時代

鎌倉幕府は、鎌倉に幕府や将軍家を護持する寺社を建てましたが、実際に祈祷を行う僧は京都の大寺院から選びました。特に摂家将軍の時代になると、京都から顕密僧が将軍と共に鎌倉に入るようになりました。

その後も、幕府政治の状況により、京都と鎌倉の宗教勢力図は変動しましたが、モンゴル襲来後は北条氏や将軍の子弟が鎌倉宗教界の中心となり、京都の権門寺院にも進出するなど、鎌倉幕府に仕えた僧は存在感を増していきました。

鎌倉幕府における護持僧は、東密（東寺）と台密（山門、寺門）で構成され、有事の際には陰陽師（主に安倍氏）と共に祈祷を行いました。

鎌倉では護持僧を務める高僧を輩出できなかったため、基本的に京都の顕密仏教界から輩出されました。宗尊親王が将軍を務めた時代には、後嵯峨上皇によって、僧の将軍御所出仕が朝廷への出仕と同等に扱われるようになり、護持僧として鎌倉へ出仕することが僧のキャリア形成上で不利ではなくなりました。

また、北条得宗家にも護持僧が置かれました。

鎌倉の宗教界は、各時期の政治状況の影響を受け、護持僧も例外ではありませんでした。

九条頼経が四代将軍になった際には、京から観基が護持僧として鎌倉に入りました。観基は九条家が院主となった青蓮院門跡に出仕していた僧でした。他にも多数の高僧が鎌倉へ送られ、鎌倉宗教界は前代から幕府に仕えていた官僧と、九条家から派遣された僧によって構成されていました。

しかし、宮騒動により、将軍周辺にいた高僧は将軍と共に鎌倉を追放されました。

室町時代

初期室町幕府の武家祈祷は、鎌倉幕府の政策を引き継ぎ、武家護持僧も鎌倉幕府の元で活動していた門跡から選ばれました。護持僧たちは、初期には月ごとの交代制で足利尊氏や直義の祈祷を行い、尊氏の死後は二代将軍義詮に引き継がれました。南北朝時代初期には、尊氏の護持僧は五人いたとされています。

護持僧に任命される人物は、必ずしも天皇護持僧を兼任したわけではありませんでした。任命は将軍家の家長である室町殿の御判御教書で行われ、寺院側にとって名誉なこととして捉えられていましたが、経済的な負担も大きかったため、幕府からの経済支援を受けることもありました。

足利義詮の時代、特に観応3年（1361年）以降は、京をめぐる南朝勢力との争いから、それまで幕府祈祷に参加していなかった門跡も新たに幕府に組み込まれ、武家護持僧に任じられました。この時期に護持僧となった門跡は、その後も室町幕府の武家護持僧を輩出しました。

足利将軍の護持僧の基本的な役割は、将軍の息災を祈祷することでした。

足利義満は諸門跡による祈祷を重視していましたが、義持と義教は護持僧による祈祷を室町幕府における祈祷体制の中核に位置付けました。祈祷の内容は、義教の時代には将軍家族の息災や兵乱に関するものが多く見られました。

護持僧に就任する僧侶の宗派は、天台宗寺門派が最も重要視され、次いで真言宗醍醐・小野派、天台宗山門派が続きました。足利義満の時代には、醍醐寺の三宝院が護持僧の統括を行うようになりました。その後も三宝院は勢力を増し、明徳年間には武家護持僧が一時的に醍醐寺院家に占められるようになりました。これは義満の関与によるもので、従来までの山門、寺門、東密の三門で編成された護持僧人事からすれば異例であり、義満による護持僧制度への積極性を示すものでした。

義持の時代になると、将軍護持僧の活動も広がりを見せました。この時期の護持僧は二ヶ月ごとに交代で長日祈祷を行いました。義教の時代になると、その数も六人から最大十二人まで増員され、足利義満の弟満詮の子息や南朝皇胤も護持僧に任命されました。

一方で、山門派の有力門跡であった青蓮院、妙法院、梶井の三門跡は護持僧に補任されず、幕府の護持僧制度からは外されていたとされています。

義持、義教の時代には、将軍護持僧の地位も向上し、僧侶側から補任を望む事例が見られるようになりました。しかし、未灌頂のまま護持僧に補任されたため、月ごとの祈祷に参加できず、代僧が立てられるなど形式化も進みました。義政期以降は人数が減少し衰退していきましたが、戦国時代まで護持僧制度は維持されました。

応仁の乱以後は、護持僧の補任は御判御教書ではなく、室町幕府奉行人奉書で行われるようになりました。

護持僧は、天皇や将軍といった権力者の健康と安全を守るために、重要な役割を果たしました。彼らの祈りは、国家の安寧と繁栄を願うものでもあり、日本の歴史と文化に深く根ざした存在であったと言えるでしょう。

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