鈴木剛 (経営者)

鈴木 剛（すずき こう）

1896年（明治29年）7月25日 - 1986年（昭和61年）12月16日。大正から昭和にかけて活躍した日本の実業家です。住友銀行の頭取として戦後の混乱期における同行の再建を指揮したほか、大阪テレビ放送や朝日放送、ホテルプラザといったメディア・レジャー企業の経営者としても手腕を発揮しました。また、住友グループの社長会である白水会の命名者としても知られています。

来歴と人物

現在の広島市安佐北区にあたる可部町で生まれ、幼少期を庄原市や福山市などで過ごしました。旧制広島中学校（現在の広島県立国泰寺高校）では、後に政治家となる谷川昇や、実業家・田部武雄の兄である謙二と同学年で、親交を深めました。第三高等学校を経て、1919年に経済学部が創設された京都帝国大学に入学。河上肇、神戸正雄、小川郷太郎といった著名な経済学者に師事しました。

1922年4月、大学卒業後に住友本社へ入社します。当初は鉱山や販売部門への配属を予想していたものの、住友銀行に配属されたことに失望したといいます。銀行員としての第一歩は神戸支店で、入社から5年後には上海支店へ転勤となりました。上海へ赴任した直後、蔣介石率いる国民革命軍と軍閥との間で市街戦が勃発し、その混乱を経験しています。第一次上海事変が発生した1932年に帰国し、京都支店を経て大阪西野田支店に配属されました。西野田支店長時代には、住友銀行の融資先であった松下電器産業（現在のパナソニック）の創業者・松下幸之助や、当時松下の専務で後に三洋電機を設立する井植歳男と出会い、深い交流を持つようになります。太平洋戦争中は、軍需融資部長として戦時下の金融業務を担いました。

住友銀行頭取として

終戦直後の1945年11月、GHQ（連合国軍最高司令官総司令部）の財閥解体政策により住友本社は解体され、住友銀行も大きな変革を迫られます。当時の社長だった岡橋林は退任し、後任の副社長・野田哲造もわずか1年あまりで公職追放により辞任に追い込まれました。1947年2月、後任として鈴木剛、堀田庄三、松本三郎、岩崎喜八郎、西村純平の五人の常務が、最高決定権を持つ合議役員に就任するという異例の体制が敷かれます。同年8月、上位者の公職追放が続いたため、鈴木が終戦後初めて住友銀行の社長に就任し、堀田が副社長となりました。取締役就任からわずか半年後の社長就任は、まさに激動の時代を象徴する出来事でした。

社長就任当時の住友銀行は深刻な資金不足に直面しており、さらに同年結成された住友銀行従業員組合連合会からの強い労働攻勢という困難な課題に直面しました。鈴木は誠意を尽くして労使交渉にあたりましたが、同行の回答が他の金融機関の標準と見なされていたため、交渉は極めて困難を極めました。労組との激しい交渉の中で、鈴木は誠意を示すべく積み上げた金額に対し、ついに感極まって涙を流したといいます。この時積み上げられた約50万円は、後に労働組合側から「涙の50万円」という言葉で語り継がれることになりました。

1948年10月、財閥商標の使用禁止措置により、住友銀行は「大阪銀行」に名称を変更しました。1951年11月には、社長という肩書きが頭取に改称されます。1952年に財閥商標の使用禁止が解除されると、住友銀行への行名復帰を決議し、同年11月26日の株主総会終了をもって、頭取の座を堀田庄三に譲り、第一線から退きました。この間、日本電気、大阪商船、住友金属工業、南海電気鉄道など、住友グループ内外の主要企業の取締役を兼任していました。

多彩な活動

銀行頭取退任後も、鈴木は精力的に活動の幅を広げます。戦後の大阪財界復興のため、経済人の交流の場として1948年2月に「クラブ関西」を発足させ、理事長としてその運営を主導しました。また、指揮者・朝比奈隆と親交を結び、「大阪に国際的に通用する交響楽団を」という朝比奈の熱意に共感。「関西交響楽団」（現在の大阪フィルハーモニー交響楽団の母体）の結成に代表世話人として尽力し、1950年4月に社団法人関西交響楽協会が設立されると、その理事長に就任しました。

さらに、広島中学校の後輩にあたる東横映画（後の東映）社長・黒川渉三から、同社の11億円（現在の貨幣価値で約200億円に相当）に上る巨額の借入金に対する融資を依頼されます。鈴木は常務の百瀬結とともに、東急グループを率いる五島慶太・昇親子と直接交渉を行い、この融資を実現させました。東映再建が失敗すれば五島家が破産しかねないほどの巨額融資でしたが、結果としてこれが成功し、東映のメインバンクが住友銀行となるきっかけを作りました。

メディア・ホテル経営への挑戦

頭取退任後も同行に留まらず、1955年には元住友本社総理事の古田俊之助の勧めもあり、大阪で初めて開局した民間テレビ放送会社、大阪テレビ放送（後の朝日放送と合併）の社長に就任しました。1959年には朝日放送の社長に就任し、1968年5月までその職を務める中で、意欲的な番組制作を推進し、ラジオ部門（ABCラジオ）の地盤強化にも尽力しました。

朝日放送の社長在任中、入居していた朝日ビルの手狭さを解消するため、1966年に本社を大淀区（現在の北区）大淀南へ移転させることを決定。新しい本社屋と大阪タワーを建設しましたが、広大な敷地に余剰地が生まれたことから、ホテルの建設を構想します。当時の大阪には、東京に比べて国際的に通用する格式の高いホテルがまだ少なかったこと、大阪万博を控えており宿泊施設の不足が懸念されていたこと、そして放送事業と同様に多くの人々に親しまれるサービス業としてホテルが最適と考えたことなどがその理由でした。こうして朝日放送の隣接地に、住友グループが経営するホテルプラザが開業します。ホテルの名称である「プラザ（Plaza）」はスペイン語で「広場」を意味しますが、当時は日本人には馴染みがなく、「ブラジャーホテル」と揶揄されたこともあったといいます。

1968年、鈴木はこのホテルプラザの社長に就任するため、朝日放送社長を辞任しました。ホテルプラザは地上23階建て、客室数600を誇り、開業当時は大阪で最初の高層ビルでした。ホテルの開業にあたり、鈴木は欧米へ視察旅行に出向き、ニールセン社長の手引きで37もの著名なホテルを精力的に見て回りました。周囲からは、銀行頭取まで務めた人物が畑違いのホテル業で失敗すれば体面に関わると反対の声もありましたが、鈴木はこれを押し切りました。ホテルプラザは朝日放送と連携しつつ、斬新な企画力と高品質のサービスを展開し、戦後日本のホテル業界において、先駆者的な役割を果たしたのです。

このほか、関西経済連合会常任理事、大阪市教育委員会委員長、関西日墺協会会長などを歴任し、多方面にわたって関西の文化振興や地域活性化に貢献しました。

栄典・家族・著書

1963年に紺綬褒章、1981年に勲二等瑞宝章を受章しています。

家族としては、二女が鐘紡（カネボウ）の副社長を務めた八木幸一（八木与三郎の長男で八木幸吉の兄）に嫁いでいます。

著書に自身の随筆集『随想 木綿着のホテル』（日本経済新聞社、1979年）があるほか、複数の経済人との共著として『私の履歴書 経済人〈21〉』（日本経済新聞社、1986年／2004年復刻版）が刊行されています。

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