駕輿丁

駕輿丁（かよちょう）

駕輿丁は、日本の歴史において、主に朝廷に所属して、天皇や后などの高貴な身分の人々が利用する輿（駕輿、鳳輦など）を担ぐことを主な任務とした下級職員を指します。輿丁（よてい、よちょう）や輿舁（こしかき）とも呼ばれました。一方、平安時代末期以降に寺社などに抱えられて輿を担いだ、剃髪した者は力者（りきしゃ）と呼ばれ、駕輿丁とは区別されるようになりました。

歴史と役割

駕輿丁の存在は、奈良時代の8世紀には既に確認できます。朝廷に仕え、輿を担ぐだけでなく、その綱を引いて歩くことも彼らの役割でした。797年に編纂された歴史書『続日本紀』の宝亀11年（780年）の条には「駕輿丁」の語が登場しており、彼らが庸調（庸・調という税の一種）を免除されていた特権的な身分であったことが記されています。平安時代にかけて、輿は主に天皇、三宮（太皇太后・皇太后・皇后）、そして斎宮といった限られた身分のための乗り物であり、当時の公家は牛車を利用することが一般的でした。10世紀に成立した『養老職員令』や『延喜内匠式』といった法典にも、天皇の乗り物である「供御輿輦」「御輿」「御腰輿」が記載されており、これらを担いだのが駕輿丁でした。

『延喜式』（927年）によると、駕輿丁は左右の近衛府と左右の兵衛府、合わせて「四府」に配属されていました。当時の定められた人数は、近衛府が左右各100人の計200人、兵衛府が左右各50人の計100人で、総計300人が定員とされていました。

職能の変容と駕輿丁座

時代が下ると、駕輿丁を取り巻く状況も変化します。鎌倉時代の寛喜年間（1229～1231年頃）の記録とされる近江国の駕輿丁による訴え（『民経記』裏文書）には、飢饉によって京都にいた駕輿丁の多くが餓死し、周辺国の駕輿丁が行幸などで度々駆り出されている窮状が記されています。室町時代の歴史書『太平記』（応安年間、1368～1375年頃成立）にも、急な出来事で駕輿丁が見つからなかったという一節が登場します。

特に中世後期、15世紀末頃には、駕輿丁の職能は大きく変容しました。1494年に編纂された『三十二番職人歌合』では「渡もり」と並んで「輿舁」として描かれていることからもわかるように、彼らは単なる輿担ぎから商工業者へと変化し、同業組合である「座」を結成して商業活動に進出していきました。これが「駕輿丁座（かよちょうざ）」です。

駕輿丁座

駕輿丁座は、四府に属していた駕輿丁が母体となり、中世に成立した商工業者の座です。従来の課役免除の特権に加え、通行料である関銭の免除や、特定商品の専売権といった経済的な特権も獲得しました。これにより、京都に住む専業の商人たちも駕輿丁として座に加入するようになり、室町時代には本座以外に新座も現れるなど組織が拡大しました。四府駕輿丁座とも呼ばれます。

駕輿丁座は本来、四府それぞれに置かれた兄部（このこうべ）という役職によって統括されていましたが、次第に朝廷の役職である太政官の外記（局務）を司る中原姓押小路家や、大史（官務）を司る小槻姓壬生家の支配下に入ります。兄部はこれら有力な家柄に補任料を納めて任命され、さらに駕輿丁座の構成員から役料を徴収していました。

駕輿丁座が扱った商品は非常に多岐にわたります。米、酒、味噌といった基本的な食品から、材木、壁代（引物）、鍛冶に必要な炭、鋤の柄、青苧やカラムシから織られた白布、染料のアカネ、絹織物、呉服、紙製の折敷、生薬、中国からの輸入品である唐物、さらには馬、古着や古道具などの古物、鳥、古鉄まで、幅広い商取引を行っていました。こうした特権的な座の活動は、豊臣秀吉による楽座令によって専売権などが否定されることとなりますが、駕輿丁座という組織自体は江戸時代まで存続し、商人の名門組織としてそこに加入できることが一種の名誉とされるほどでした。

地名

現代においても、滋賀県蒲生郡竜王町に「駕輿丁」という大字（おおあざ）が存在します。これは、1889年に近隣の村と合併して苗村が成立するまで「駕輿丁村」という独立した村であったことに由来しており、かつての駕輿丁に関係する土地であったと考えられています。

駕輿丁の歴史は、単に輿を担ぐ役目から、中世における特権的な商業組織へと変化し、その名残が現代の地名にも残されている、興味深い事例と言えるでしょう。

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