鬼ヶ城暖地性シダ群落

鬼ヶ城暖地性シダ群落

概要

鬼ヶ城暖地性シダ群落は、三重県度会郡南伊勢町押淵に位置する、国の天然記念物に指定された暖地性シダ植物の群生地です。志摩半島南岸のリアス式海岸にほど近い、五ヶ所湾の奥深い入り江に流れ込む押淵川上流部の山中にあります。特に、鬼ヶ城と呼ばれる洞窟周辺の岩壁には、本州では稀な暖地性シダ類が多数着生しており、その多様性が評価されています。

この地は、1928年（昭和3年）1月18日に「鬼ヶ城暖地性羊歯群落」として国の天然記念物に指定されました。指定当時、この場所はキクシノブの純群落が形成され、ナンカクランやアツイタなど、分布の北限とされるシダ植物の宝庫として知られていました。しかし、乱獲や盗採により、現在では見られなくなった種も多くあります。

なお、同じ三重県内にある「熊野の鬼ヶ城 附 獅子巖」とは別の場所です。

天然記念物指定の経緯

鬼ヶ城暖地性シダ群落は、南伊勢町押淵の字名にもなっている鬼ヶ城周辺に広がっています。鬼ヶ城は、標高318メートルの尾根筋の北側斜面中腹にある、高さ3メートル、幅10メートル、奥行き9メートルほどの洞窟です。この洞窟にまつわる伝承から、一帯の岩山が「鬼ヶ城」と呼ばれるようになりました。

この場所は、押淵川の上流部右岸に位置し、年間を通じて降水量が多く、常に小さな水の流れがあります。周囲は深い樹林帯で覆われ、直射日光が遮られるため、シダ類にとって好適な陰湿環境が維持されています。このような環境が、温暖な南勢地域でも特に暖帯性、亜熱帯性の植生を色濃くしている要因です。

このシダ群落の価値を最初に発見したのは、地元押淵地区出身の植物学者である広出泰助です。広出は、当地の植物調査の案内人を務め、1936年（昭和11年）に天然記念物保護の功績により文部大臣から表彰されました。

広出の案内により、複数の植物学者がこの地を訪れ、その価値が広く知られるようになりました。1923年（大正12年）には川崎光次郎が、1927年（昭和2年）には槌賀安平や本田正次、三好学といった著名な生物学者、植物学者が現地調査を行い、シダ群落保護の必要性を訴えました。

これらの調査を経て、鬼ヶ城とその西に位置する細谷地区の暖地性シダ群落は、1928年（昭和3年）に国の天然記念物に指定されました。

特徴的な植物

鬼ヶ城暖地性シダ群落は、暖地性シダ類だけでなく、他の植物も豊富に見られます。ヒカゲツツジやホンシャクナゲなどのツツジ属、シタキソウなどのつる植物、マメヅタラン、セッコク、ムギラン、フウランなどの着生ランも生育しています。

特に指定に際して重視されたのは、以下の3種の希少なシダ植物の自生です。

キクシノブ（学名：Pachypleuria repens）：シノブ科キクシノブ属
ナンカクラン（学名：Huperzia fordii）：ヒカゲノカズラ科コスギラン属
アツイタ（学名：Elaphoglossum yoshinagae）：オシダ科アツイタ属

これらの種は、いずれも稀有で貴重な植物として、1936年（昭和11年）に服部哲太郎によって指摘されています。

鬼ヶ城の伝承と現状

鬼ヶ城という地名は、岸壁の景観が鬼の住処を連想させることから来ています。また、次のような恐ろしい伝説も残っています。昔、押淵に住む屈強な男が、山中の岩穴で生活を始め、やがて近隣の男を仲間にし、松明用の油を作るようになりました。しかし、子供を捕らえてその肉を食べるようになったため、人々は彼らを鬼人と呼び、この場所を鬼ヶ城と呼ぶようになったと言われています。

現在の指定地は、押淵地区から南西へ2キロメートルほど入った山間部にあります。町道沿いにある白滝権現（白滝神社）の鳥居をくぐり、押淵川を渡った先の杉林の中にあります。押淵川の橋を渡った先は2手に分かれており、右側には白滝神社と白滝、左側には鬼ヶ城の洞窟があります。周辺には古いコンクリートの支柱と鉄線が巡らされた柵がありますが、一部は破損・消失しています。

この場所はシダ類の生育に適した環境ですが、天然記念物指定後、希少な植物が盗掘の被害に遭い、種類や量ともに減少しています。1990年（平成2年）頃に調査を行った橋本清は、現地の管理不備を指摘し、定期的な巡視強化の必要性を訴えました。一方で、地元の押淵地区では、個人宅で大型暖地シダを育成するなど、保護活動も行われています。

交通アクセス

所在地：三重県度会郡南伊勢町押淵

近畿日本鉄道宇治山田駅から三重交通バスで約60分、「押淵口橋」下車、徒歩約15分。
伊勢自動車道玉城インターチェンジから三重県道169号・国道260号経由で約50分。

参考文献

加藤陸奥雄他監修・南川幸、『日本の天然記念物』、講談社、1995年
本田正次、『植物文化財 天然記念物・植物』、東京大学理学部植物学教室内 本田正次教授還暦記念会、1957年
文化庁文化財保護部監修、『天然記念物事典』、第一法規出版、1971年
三好学、『天然紀念物調査報告. 植物之部 第八輯』刀江書院、1928年
服部哲太郎、『三重縣に於ける主務大臣指定 史蹟名勝天然紀念物 第二册 名勝並天然紀念物』、三重縣、1936年
[三重県]]産生物目録編集委員会、『三重県内の[[天然記念物]に関する実状調査報告書』、三重生物教育会、1991年
三重生物目録編集委員会、『三重県の天然記念物』、三重生物教育会、1992年
白井伸昴・志賀靖二・岡田文士、『東海の天然記念物』、風媒社、2000年
南勢町誌編纂委員会、『改訂増補 南勢町誌（下巻）』、南勢町、2004年

関連項目

細谷暖地性シダ群落（三重県度会郡南伊勢町）
室生山暖地性シダ群落（奈良県宇陀市）
伊尾木洞のシダ群落（高知県安芸市）
御橋観音シダ植物群落（長崎県佐世保市）

外部リンク

鬼ヶ城暖地性シダ群落 - 国指定文化財等データベース（文化庁）
文化財の紹介 南伊勢町役場　教育委員会事務局(南島庁舎) 南伊勢町ホームページ

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