鶡冠子

鶡冠子：謎多き戦国時代の思想家とその書物

鶡冠子（かっかんし）は、古代中国の戦国時代を生きた人物、あるいはその名で呼ばれる書物の名称です。その実像は謎に包まれており、作者や成立年代は未だに解明されていません。伝統的には道家に分類されますが、その思想は道家、法家、兵家の要素を複雑に織り交ぜた雑家的なもので、黄老思想をはじめとする様々な思想が独特の表現で展開されています。

鶡冠子という人物

鶡冠子の人物像は断片的で、楚の隠者であり、兵家の龐煖（ほうけん）の師であったという説も存在します。その名の由来は、キジの羽根で飾られた冠を身につけていたことによるといわれています。古代中国ではキジは勇猛な鳥として崇められていたため、この冠は武官の象徴的な装束であったと考えられます。しかし、隠者であった鶡冠子がなぜそのような冠を着用していたのかは、謎のままです。

鶡冠子の書物

『漢書』芸文志では道家の書として『鶡冠子』1篇が記録されていますが、『隋書』経籍志では3巻とされ、韓愈は3巻16篇と記しています。現在伝わっている版本は3巻19篇からなります。この書物は、黄老思想、軍事学、賞罰や人材登用に関する術、聖人論、道、法、命、勢といった概念、陰陽思想、宇宙生成論、天の法則性、そして天地人の三才の類比など、多岐にわたる思想を扱っています。登場人物には、鶡冠子自身、龐煖、武霊王、悼襄王といった歴史上の人物や、扁鵲といった先秦の著名人も登場します。また、『戦国策』や馬王堆帛書『黄帝四経』、賈誼『鵩鳥賦』などとの類似点も指摘されています。

鶡冠子の受容と研究史

南朝の劉勰や唐の韓愈は、『鶡冠子』の洗練された文章を高く評価しました。一方、唐の柳宗元は偽書であると批判し、前漢の賈誼の『鵩鳥賦』を模倣した作品だと主張しました。清の姚際恒や『四庫提要』も偽書とする見解を示しています。唐の詩人、杜甫は晩年の詩で、孤独な隠遁生活を送る自身の境遇を鶡冠子になぞらえています。

北宋の陸佃による注釈書が現存しており、日本でも平田篤胤が『赤県太古伝』で『鶡冠子』を引用しています。また、刈谷藩の藩校「文礼館」の名の由来にもなっています。

欧米の中国学においては、1970年代以降、A.C.グレアムやD.R.コネクタスらによって研究が進められてきました。特に、カリーン・デフォールトによる研究は、文献学的な考察に加え、西洋の修辞学との比較や、クェンティン・スキナーの修辞学研究の方法論を取り入れるなど、多角的なアプローチが特徴的です。ジョセフ・ニーダムも、自然法と自然法則の類比という観点から『鶡冠子』に着目した先駆的な研究を行いました。

まとめ

鶡冠子は、その人物像も著作の内容も謎に包まれた、戦国時代の知的な遺産です。しかし、道家、法家、兵家といった多様な思想の融合、そして精緻な文章表現は、現代においても高い関心を集め、新たな研究が継続的に行われています。その思想は、古代中国の思想史を理解する上で欠かせない要素であり、今後も様々な角度からの研究が期待されます。

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