1968年の文学

1968年（昭和43年）は、日本の文学史において特に記憶に残る一年となりました。この年、川端康成氏が日本人として初めてノーベル文学賞を受賞するという快挙を成し遂げ、国内外から大きな注目を集めました。

文学界の主な動き

年初の1月には、戦後日本の文学批評を体系的に捉える試みとして、番町書房から全5巻におよぶ『昭和批評大系』の刊行が開始されました。三島由紀夫氏、村松剛氏らが編集委員を務め、1978年まで続いたこの叢書は、批評研究の基礎資料として重要な位置を占めました。

同じ1月には、第58回芥川龍之介賞および直木三十五賞（1967年下半期）の選考会が行われました。芥川賞には柏原兵三氏の『徳山道助の帰郷』が、直木賞には野坂昭如氏の『アメリカひじき』『火垂るの墓』と三好徹氏の『聖少女』がそれぞれ選ばれました。

3月には、作家・北杜夫氏の『どくとるマンボウ青春記』が中央公論社より刊行されました。ユーモラスな筆致で若き日の体験を描いた本書は読者の幅広い支持を得て、1968年の年間ベストセラー総合6位を記録するベストセラーとなりました。

文学者の社会活動として特筆されるのは、10月5日に三島由紀夫氏が私設の民兵組織「楯の会」を正式に結成したことです。これは氏の思想と行動が具体的に形となった出来事として、文学界だけでなく社会にも大きな影響を与えました。

そして、10月17日、日本中が歓喜に包まれるニュースが飛び込みました。川端康成氏がノーベル文学賞を受賞することが決定したのです。「日本の精神的な深みと美しさを、優れた感受性によって見事に表現した」ことが授賞理由とされ、日本文学の国際的な評価を不動のものとしました。受賞決定後、川端氏は12月12日にストックホルムで行われた授賞式で、『美しい日本の私―日本の美の源流』と題した記念講演を行い、日本の伝統的な美意識について語り、深い感銘を与えました。

年末の12月には、吉本隆明氏の思想書『共同幻想論』（河出書房新社）や、羽仁五郎氏の『都市の論理』（勁草書房）といった、その後の思想界に大きな影響を与える重要な著作が刊行されました。

また、12月25日発売の『SFマガジン』に掲載された「覆面座談会」記事が、日本のSF作家クラブ内部に亀裂を生じさせ、「覆面座談会事件」と呼ばれる騒動に発展するなど、特定のジャンル内でも大きな出来事がありました。

主な文学賞の受賞者・受賞作（1968年）

第58回 芥川龍之介賞（1967年下半期）: 柏原兵三『徳山道助の帰郷』
第58回 直木三十五賞（1967年下半期）: 野坂昭如『アメリカひじき』『火垂るの墓』、三好徹『聖少女』
第59回 芥川龍之介賞（1968年上半期）: 丸谷才一『年の残り』、大庭みな子『三匹の蟹』
第59回 直木三十五賞（1968年上半期）: 該当作なし
第4回 谷崎潤一郎賞: 該当作なし
第11回 群像新人文学賞: 大庭みな子『三匹の蟹』
* 1968年度 ノーベル文学賞: 川端康成

話題となった主な刊行書籍

この年には、安部公房氏『夢の逃亡』、円地文子氏『虹と修羅』、司馬遼太郎氏『新史太閤記』、三島由紀夫氏『命売ります』などの小説・戯曲が出版されました。その他、『どくとるマンボウ青春記』のほか、松下幸之助氏のロングセラーとなる『道をひらく』、吉本隆明氏『共同幻想論』、羽仁五郎氏『都市の論理』、三島由紀夫氏の評論集『太陽と鉄』など、様々なジャンルの重要な書籍が世に問われました。

文学界の訃報

1968年には、国内外で数多くの文学者が惜しまれつつ亡くなりました。海外では、ノーベル文学賞受賞作家であるイタリアのサルヴァトーレ・クァジモド氏やアメリカのジョン・スタインベック氏、推理作家のウィリアム・アイリッシュ氏などが世を去りました。日本国内では、子母澤寛氏、広津和郎氏といったベテラン作家や、童謡作詞家の佐藤義美氏、翻訳家で児童文学者の村岡花子氏らが逝去し、文学界は大きな損失を被りました。

1968年は、ノーベル賞という輝かしい出来事があった一方で、多くの才能がこの世を去り、また新たな作品や思想が生まれ、文学界全体が大きく動いた、多様な側面を持つ一年だったと言えるでしょう。

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