1972年の文学

1972年の文学界

1972年（昭和47年）は、日本文学界において多くの出来事が記録された年です。特に、長年にわたり日本の文学を牽引してきた大家の死と、新しい世代やジャンルから生まれた話題作の登場が注目されました。

主要な出来事

この年の文学界を語る上で欠かせない出来事がいくつかあります。

まず、1月20日には、前年下半期にあたる第66回芥川龍之介賞および直木三十五賞の選考会が開催され、新たな受賞作が決定しました。

春には痛ましい出来事がありました。4月16日、ノーベル文学賞作家である川端康成が、神奈川県逗子市内の仕事部屋で72歳で死去しました。その死は自殺によるものと報じられ、多くの人々に衝撃を与えました。

夏には、社会現象ともいえるベストセラーが誕生しています。6月、有吉佐和子の小説『恍惚の人』が新潮社から出版され、高齢化社会における家族のあり方などを描き、広く読まれました。この作品は、1972年の年間ベストセラーで総合第1位に輝いています。

同じく6月には、国外の子供向け作品にも注目が集まりました。アネット・チゾンとタラス・テイラーによる絵本シリーズ「バーバパパ」が、偕成社より初めて日本語に翻訳されて刊行されました。多様な形に変身するキャラクターたちが人気を博し、後にシリーズ化、アニメ化もされる起点となりました。

秋には、人気漫画の単行本が登場しています。10月25日には、池田理代子の代表作『ベルサイユのばら』の単行本第1巻が集英社から刊行されました。歴史を舞台にしたドラマチックなストーリーと美しい絵柄で、多くの読者を魅了し、漫画史に残る名作となりました。

文学賞

1972年には、その前年下半期からこの年の上半期にかけて、主要な文学賞の選考が行われました。

第66回 芥川龍之介賞・直木三十五賞（1971年下半期）
芥川賞は、李恢成の『砧をうつ女』と、東峰夫の『オキナワの少年』の2作品が受賞しました。
直木賞は、残念ながら該当する作品がありませんでした。

第67回 芥川龍之介賞・直木三十五賞（1972年上半期）
芥川賞には、畑山博の『いつか汽笛を鳴らして』と、宮原昭夫の『誰かが触った』が選ばれました。
直木賞は、綱淵謙錠の『斬』と、井上ひさしの『手鎖心中』が受賞しました。井上ひさしは、この受賞により作家としての地位を確固たるものとしました。

その他の賞
第8回谷崎潤一郎賞は、丸谷才一の『たった一人の反乱』に贈られました。
第15回群像新人文学賞は、受賞作なしという結果でした。

主な刊行書籍

この年には、様々な分野で多くの書籍が出版されました。代表的なものをいくつか挙げます。

小説
有吉佐和子『恍惚の人』（新潮社）
川端康成『たんぽぽ』（新潮社）、『ある人の生のなかに』（河出書房新社）など
丸谷才一『たった一人の反乱』（講談社）
辻邦生『背教者ユリアヌス』（中央公論社）
西村京太郎『名探偵が多すぎる』（講談社）
島尾敏雄『硝子障子のシルエット』（創樹社）
庄野潤三『明夫と良二』（岩波書店）

評論
三島由紀夫『小説とは何か』（新潮社）、『日本文学小史』（講談社）（※これらは三島由紀夫没後にまとめられた著作）

その他
石川淳『文林通言』（中央公論社）
石原吉郎『望郷と海』（筑摩書房）
司馬遼太郎・ドナルド・キーン『日本人と日本文化』（中央公論社）
中原弓彦『日本の喜劇人』（晶文社）
アネット・チゾン・タラス・テイラー 作、山下明生 訳『おばけのバーバパパ』（偕成社）

物故者

1972年には、国内外の多くの文学者が世を去りました。

2月13日には、日本の小説家・翻訳家である柏原兵三が38歳で死去。
2月17日には、女性作家の平林たい子が66歳で死去。
3月11日には、アメリカのSF・推理作家フレドリック・ブラウンが65歳で死去。
4月16日には、前述の川端康成が72歳で死去。
5月22日には、イギリスの詩人・作家で、推理作家ニコラス・ブレイクとしても知られるセシル・デイ＝ルイスが68歳で死去。
9月21日には、フランスの小説家・劇作家アンリ・ド・モンテルランが76歳で死去。
11月1日には、アメリカの詩人・批評家エズラ・パウンドが87歳で死去しました。

このように、1972年の文学界は、巨星の喪失という悲しい出来事がありつつも、『恍惚の人』のような社会に影響を与えるベストセラーや、『ベルサイユのばら』、『バーバパパ』といった後の文化に大きな影響を与える作品が誕生するなど、多様な動きが見られた一年でした。

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