1997年の文学

1997年（平成9年）は、日本の文学界において多岐にわたる動きが見られた年でした。話題作が数多く発表され、主要な文学賞で新たな書き手たちが注目される一方、デジタル化の波が押し寄せ、そして多くの著名な文学者がこの世を去りました。

主な出来事

年明けの1月には、作家で演出家の妹尾河童氏による自伝的ノンフィクション『少年H』が刊行され、戦中戦後の激動の時代を少年の視点から瑞々しく描いた本書は、多くの読者の共感を呼び、年間ベストセラーの上位にランクインする大ヒットとなりました。同月には、前年の下半期を対象とする第116回芥川龍之介賞・直木三十五賞の選考会が開催され、その結果が文学界の関心を集めました。

8月には、インターネットの普及に伴い、著作権保護期間が終了した作品を電子書籍として公開する「青空文庫」が開設されました。これは、文学作品をデジタル形式で広く共有するための画期的な試みとして注目され、その後の電子出版の発展に繋がる一歩となりました。

10月には、文芸誌『新潮』誌上において、日本文学史に名を刻む二人の大家、川端康成と三島由紀夫の間で交わされた94通に及ぶ往復書簡が一挙公開されました。これは、両作家の親密な交流や創作の背景を知る貴重な資料として、文学研究者のみならず多くの読者に大きな反響をもたらしました。

文学賞の動向

この年には、日本の主要な文学賞において、個性豊かな作品と作家が選出されました。

芥川龍之介賞・直木三十五賞
第116回（1996年下半期）
芥川賞は、柳美里氏の『家族シネマ』と辻仁成氏の『海峡の光』が受賞。
直木賞は、坂東眞砂子氏の『山妣（やまんば）』が受賞。
第117回（1997年上半期）
芥川賞は、目取真俊氏の『水滴』が受賞。
直木賞は、篠田節子氏の『女たちのジハード』と浅田次郎氏の『鉄道員（ぽっぽや）』が同時受賞。

その他の主な文学賞
第33回谷崎潤一郎賞は、保坂和志氏の『季節の記憶』と三木卓氏の『路地』に贈られました。
第25回泉鏡花文学賞は、村松友視氏の『鎌倉のおばさん』と、人気作家・京極夏彦氏の『嗤う伊右衛門』が受賞しました。

1997年に発表された注目の書籍

この年には、様々な分野で記憶に残る作品が世に送り出されました。小説では、宇江佐真理氏の『幻の声』、恩田陸氏の『三月は深き紅の淵を』、貴志祐介氏のホラー作品『黒い家』、京極夏彦氏の新たな怪談『嗤う伊右衛門』、桐野夏生氏の意欲作『OUT』、篠田節子氏の直木賞受賞作『女たちのジハード』、高村薫氏の長編『レディ・ジョーカー』などが刊行され、読者の注目を集めました。また、村上春樹氏は、地下鉄サリン事件を題材にしたノンフィクション『アンダーグラウンド』や、短編小説への入門書『若い読者のための短編小説案内』などを発表し、幅広い読者層にリーチしました。

評論分野では、加藤典洋氏が近代日本の歴史認識に深く切り込んだ『敗戦後論』を発表しました。その他、先に触れた川端康成と三島由紀夫の書簡をまとめた『川端康成・三島由紀夫 往復書簡』が書籍化され、大きな話題となりました。

文学界における惜別の年

1997年は、日本の文学・翻訳・評論の世界から、多くの重要な人物が惜しまれつつ逝去しました。時代小説の大家として多くの読者に愛された藤沢周平氏（1月）、大河小説『橋のない川』で差別問題を描き続けた住井すゑ氏（6月）、ショートショートというジャンルを確立した星新一氏（12月）、『われらの文学』などで戦後文学を鋭く批評した評論家の中村真一郎氏（12月）、そして多才なエッセイストであり映画監督としても活躍した伊丹十三氏（12月）が亡くなりました。

また、翻訳家としても宇野利泰氏（1月）、中山容氏（3月）、宮本美智子氏（6月）、新庄嘉章氏（8月）といったベテランが相次いで世を去り、児童文学の分野では内田莉莎子氏（3月）や上崎美恵子氏（9月）が、評論では奥野健男氏（11月）が逝去しました。

海外の文学・思想界でも重要な人物の訃報が続きました。ビート・ジェネレーションを代表するアメリカの詩人アレン・ギンズバーグ氏（4月）、実験的小説で知られるアメリカの作家ウィリアム・S・バロウズ氏（8月）、ナチスの強制収容所での体験を基に『夜と霧』を著した精神科医ヴィクトール・フランクル氏（9月）、イギリスの哲学者アイザイア・バーリン氏（11月）などが、この年に亡くなっています。

このように1997年は、新しい才能の台頭やデジタル化の波、そして多くの巨星の逝去という、文学の様々な側面において大きな動きが凝縮された一年だったと言えるでしょう。

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