Tier One

Tier Oneプログラム

スケールド・コンポジッツ社が主導した「Tier One」プログラムは、1990年代から2004年にかけて実行された、軌道飛行ではない形態の有人宇宙飛行開発計画です。このプロジェクトの根本的な目標は、低コストでの宇宙への定期的なアクセスを可能にする技術基盤を築くことでした。

プログラムの概要と成果

Tier Oneは、再利用可能な有翼宇宙船「スペースシップワン」と、その運搬・打ち上げ母機となる「ホワイトナイト」という二つの主要機体を中心に開発されました。これらの機体は、航空技術の革新者として知られるバート・ルータンによって設計されました。プロジェクトの推進には、マイクロソフト共同創設者であるポール・アレンが個人として2000万米ドルという多額の資金を提供し、政府からの資金援助を受けない完全民間の取り組みとして進められました。

2004年、このプログラムは歴史的な偉業を達成します。純粋な民間資金のみによる初の有人宇宙飛行を成功させ、さらに、非政府開発の再利用可能な有人宇宙船として初めて、アリアンXプライズの賞金1000万米ドルを獲得しました。スペースシップワン自体は、直接的な有料乗客輸送を目的とするものではありませんでしたが、このプログラムを通じて培われた技術を商業的な宇宙旅行へと応用するために、「モハーヴェ・エアロスペース・ベンチャーズ」という企業が設立され、プロジェクトの知的財産権を管理しています。

革新的な設計と技術コンポーネント

Tier Oneの設計思想は、シンプルながらも効率性を追求したものでした。3名のパイロットが搭乗可能な宇宙船を、専用のハイブリッドロケットモーターを用いて、空中発射によって高度約100キロメートル（カーマン・ラインをわずかに超える高度）まで上昇させます。その後、宇宙船は大気圏に再突入し、最終的には滑走路に水平に着陸して帰還します。

プログラムを構成する主要なコンポーネントは多岐にわたります。これには、専用の打ち上げ機（ホワイトナイト）、3人乗りの有人宇宙船（スペースシップワン）、独自のハイブリッドロケット推進システムが含まれます。加えて、地上での開発・試験を支えるための設備として、移動推進試験施設、高精度なフライトシミュレーション、慣性航法装置を組み込んだフライトディレクター、そして機動性のあるモバイルミッションコントロールセンターなどが開発されました。また、宇宙船のシステム開発、パイロットの専門的な訓練プログラム、そして厳格な飛行試験プログラムも不可欠な要素でした。

地上支援システム

Tier Oneプログラムでは、従来のオフィスベースの管制室に加え、大型トラックに搭載されたモバイルミッションコントロールセンター（モバイルMCC）が運用されました。このモバイルMCCは、テレメトリデータの監視と記録、航空機および宇宙船との通信、ホワイトナイトとスペースシップワンの補助的な環境制御など、多様な支援機能を担いました。特に、ロケットモーターの地上燃焼試験や、ホワイトナイトおよびスペースシップワンのあらゆる飛行試験において、その監視とデータ記録の主要な役割を果たしました。遠隔の航空機から送られるテレメトリデータを受信するための自動追尾式アンテナシステムを備え、その通信範囲は約280キロメートルに及びました。また、スタッフが快適に作業できる温度管理された環境を提供し、機体のキャビン温度調整も行いました。

酸化剤である亜酸化窒素の供給についても、独自のモバイルシステムが開発されました。これは「MONODS（モバイル亜酸化窒素デリバリーシステム）」と呼ばれ、トレーラーに積載された大型タンク（主に6.5立方メートル）と温度制御ユニット、発電機から構成されます。固体燃料とは異なり、フィールドで宇宙船のタンクに直接ポンプで供給する必要がある亜酸化窒素を、室温かつ4.8メガパスカルの圧力で供給することが可能です。MONODS自体は、商業サプライヤーからより低温・低圧（-17℃、2メガパスカル）で供給される亜酸化窒素を補充し、それを加温・加圧して使用します。

推進システムの性能評価のために、移動式の推力テストスタンド（TST）も開発されました。この設備の利点は、全ての準備作業を格納庫で行い、試験サイトでは酸化剤の充填と燃焼試験のみを行えばよい点にありました。テストスタンドは宇宙船の重要な構造要素、特に酸化剤タンクとその関連部品を再現しており、モーター試験は自動的に宇宙船構造に対する振動、応力、熱のテストも兼ねる設計でした（ただし、乗務員室は再現されませんでした）。地上試験では、実際の飛行時とは異なる膨張比（10:1）のノズルが使用されました。TSTは推力だけでなく、横力、温度、ひずみなども詳細に計測し、データは管制室から遠隔制御されるコンピュータに記録されました。

フライトシミュレーション

パイロットの訓練やシステムの検証のために、精緻なフライトシミュレーターが構築されました。これは、高度なシミュレーションプログラムと、実際の宇宙船キャビンを模したコックピットから構成されます。シミュレーションプログラムは、あらゆる状況下でスペースシップワンの挙動を正確に再現することを目指し、航空機周囲の空気を数値流体力学を用いてモデル化することで、機体に作用する空力やその他の力を算出しました。このシミュレーションは、設計段階から活用され、実際の飛行試験データを用いて継続的に改良が加えられました。これにより、予期せぬ飛行モードにおいても航空機の挙動を高精度に予測することが可能となり、Tier Oneは風洞試験をほとんど行わずに設計された珍しい機体の一つとなりました。

シミュレーションコックピット自体は固定式のため、飛行中に感じる平衡感覚やG（加速度）を完全に再現することはできませんでしたが、ホワイトナイト自体が移動ベースの忠実度が高いシミュレーターとしても機能するように設計されていました。シミュレーターコックピットは、アビオニクスを含むスペースシップワンキャビンを精密に再現しており、パイロットだけでなく、パイロットとアビオニクスの相互作用システム全体をシミュレートしました。12台の高性能コンピューターがシミュレーションプログラムを駆動し、市販のグラフィックソフトウェアを用いて高解像度の外部視界画像を生成し、11台のモニターと1台のプロジェクタースクリーンに表示されました。ただし、操縦桿にかかる力のフィードバックはリアルタイムでは再現されませんでした。

このフライトシミュレーションは、単にパイロットを訓練するだけでなく、地上スタッフの訓練、運用手順の開発、そしてアビオニクスソフトウェアおよびハードウェアの検証にも広く活用されました。

開発の歴史と公表

Tier Oneプログラムのコンセプトは1996年4月に始まり、予備開発が1999年に、本格的な開発は2001年4月にスタートしました。スケールド・コンポジッツの慣例に従い、開発の初期段階は秘密裏に進められました。ホワイトナイトが2002年8月1日に初飛行した後も、この秘密主義は維持されました。プログラムが公に発表されたのは、スペースシップワンの飛行試験準備が整った2003年4月18日のことでした。この発表会にはメディア関係者約550〜600名が招待され、スペースシップワンとホワイトナイトが初めて披露されました。メディアの関心は非常に高く、当初は家族・友人向けに予定されていた4月24日も、急遽2回目のメディア公開日となりました。

スペースシップワンの初飛行試験（フライト01C）は2003年5月20日に行われ、数ヶ月間の滑空試験を経て、初の動力飛行（フライト11P）が2003年12月17日に成功しました。その後、さらに高度を高める試験飛行が重ねられ、2004年6月21日には、民間資金のみによる史上初の有人宇宙飛行（フライト15P）を達成しました。この飛行は、アリアンXプライズの競争飛行の予行演習でもあり、プログラムはこれを事前に大々的に宣伝しました。モハーヴェ宇宙港には約11,000人の観衆が集まり、飛行の様子は中継されました。この試験飛行は航空ショー形式で行われ、主要機と随伴機が観客の前で離着陸を行い、成功時には祝賀の低空飛行も披露されました。技術的な成功に加え、この公開飛行は一般の人々の宇宙飛行に対する関心を強く刺激しました。

アリアンXプライズの競争飛行はその後続けられ、2004年9月29日のフライト16Pと10月4日のフライト17Pが立て続けに成功し、Tier Oneプログラムは賞金獲得を果たしました。これらのミッション完了をもって、スケールド・コンポジッツによるTier Oneプログラムは幕を閉じ、その成果は後継となるヴァージン・ギャラクティックのプログラムへと引き継がれました。

資金とコスト効率

Tier Oneの開発、建設、運用にかかった費用は正確には公表されていませんが、2000万ドルから3000万ドルの範囲と推定されています。これは、獲得したアリアンXプライズの賞金の約2倍から3倍にあたります。当初秘密にされていた唯一のスポンサーは、前述の通りポール・アレンでした。彼がこのプログラムに関与していることは、初の動力飛行試験が行われた2003年12月17日に明らかにされました。

Tier Oneプログラムのコストについては、しばしば高額な国家プロジェクトと比較されます。例えば、スペースシャトルプログラムと比較すると、Tier Oneは技術的な難易度において全く異なります。スペースシップワンは軌道下飛行であるため、スペースシャトルのような高速（マッハ3対マッハ25）、高高度（弾道100km対軌道400km）に到達する必要がなく、搭乗員も少なく（3名対7名）、ペイロードもほとんど運ばず、飛行時間も短い（数分対数日）ため、直接的な比較は難しい側面があります。技術的な成果としては、むしろ超音速実験機X-15に近いと評価されています。X-15はインフレーション調整後の予算がTier Oneよりもはるかに高かったにもかかわらず、主に超音速飛行を行い、スペースシップワンが達成した高度に近い飛行は限られていました。さらに、Tier Oneは母機であるホワイトナイトの建造費用も含まれていますが、X-15プログラムではNASAが既存のB-52爆撃機をほぼ無償で利用していました。これらの比較からも、Tier Oneプログラムが非常に高いコスト効率を達成していたことが示唆されます。

将来への展望と商業化

バート・ルータンは、自身の宇宙開発構想を「Tier」として位置付けていました。Tier Oneを弾道飛行の実証段階とし、将来的にTier Twoで軌道飛行、そしてTier Threeで地球軌道を超える月や惑星への飛行を目指すと語っています。実際に、彼はTier Twoを見据え、スペースシップワンを基にした軌道船デザイン案も示しており、スペースシップワンの後部にロケットを追加した形態が構想されていました。

Tier Oneプログラム自体は技術実証を主眼としており、有料乗客を直接運ぶことを意図していませんでした。その商業的な可能性を実現するため、ポール・アレンとバート・ルータンはモハーヴェ・エアロスペース・ベンチャーズを設立し、開発された技術の全ての商業的利用を管理することにしました。当初、スケールド・コンポジッツは2013年頃までに、一般の人が豪華クルーズとほぼ同等の価格で弾道宇宙飛行を体験できるようになるという希望を表明していました。この目標に向けた具体的な動きとして、2004年9月25日にはリチャード・ブランソン率いるヴァージン・ギャラクティック社との間で契約が締結されました。この契約に基づき、スペースシップワンをスケールアップした新しい宇宙船「ヴェージンスペースシップ」ファミリーが開発され、製造は「スペースシップ・カンパニー」が担当することになりました。Tier Oneは、その後の民間宇宙旅行産業の礎を築いた画期的なプログラムとして、宇宙開発史にその名を刻んでいます。

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