喜光寺

奈良市菅原町に静かに佇む喜光寺は、法相宗に属する寺院であり、同宗派で唯一の別格本山という高い寺格を有します。清涼山と号し、本尊には阿弥陀如来を祀っています。寺が位置する菅原の地は、かつて菅原氏の治領であったことから、古くは「菅原寺」とも呼ばれていました。この寺は、奈良時代に橋の架設や治水工事などの社会事業に尽力し、東大寺大仏の造立にも貢献したことで知られる高僧、行基菩薩が開いたと伝えられています。特に、行基が晩年を過ごし、その生涯を終えた地であるとされており、行基ゆかりの寺として篤く信仰されてきました。近年では、境内に多数の蓮の鉢植えが並べられ、美しい蓮の花が咲く「蓮のお寺」としても多くの人々に親しまれています。

歴史

喜光寺の創建については、いくつかの伝承が伝えられています。最も広く知られているのは、社会事業家としての功績で名高い行基菩薩による開創説です。平安時代に成立した『行基年譜』によれば、養老5年（721年）に「寺史乙丸」という人物が、自らの住居があった菅原の地を行基に寄進し、行基は翌養老6年（722年）にこれを寺院としたと記されています。これは、行基が建立したとされる四十九院の一つに数えられており、創建当時の寺地は平城京の右京三条三坊にあたる広大な範囲を占めていたとされています。一方、鎌倉時代の史料である『菅原寺記文遺戒状』には、霊亀元年（715年）に元明天皇の勅願によって建立されたとする説も見られます。

行基は、天平21年（749年）2月2日に82歳でこの世を去りましたが、『大僧正舎利瓶記』によれば、その最期の地は喜光寺の東南院であったとされています。行基の墓は、喜光寺から直線距離で約7キロメートル離れた生駒市の竹林寺にありますが、『大僧正舎利瓶記』は、その行基墓から出土した銅筒に記されていた銘文であると伝えられています。

寺は創建当初、菅原道真の生誕地とも伝わる菅原の里にあることから菅原寺と呼ばれていました。喜光寺という名に改められた由来については、天平20年（748年）に聖武天皇がこの寺に参拝した際、本尊阿弥陀如来の放つ不思議な光明を見て深く感銘し、「歓喜の光を放つ寺」であるとして喜光寺の名を賜ったという伝承があります。また、『続日本紀』によれば、この地に住んでいた土師氏が桓武天皇から菅原姓を賜ったのは、寺名が喜光寺となった後の延暦元年（782年）のことと記されています。

中世になると、菅原神社（現在の菅原天満宮）を鎮守社として境内にお祀りし、興福寺の子院であった一乗院の末寺となりました。戦乱の影響で一時荒廃しましたが、鎌倉時代の建治元年（1275年）、興福寺一乗院の門跡であった信昭の発願を受け、復興に尽力したのが、当時の律宗を再興したことで知られる高僧・叡尊とその弟子の性海です。この時、喜光寺は一乗院門跡の隠棲地とも定められ、叡尊らの手によって伽藍の再建が進められ、弘安2年（1283年）頃には復興事業が完成したと伝えられています。

その後、戦国時代に入ると再び不幸に見舞われます。明応8年（1499年）12月、大和国に攻め込んできた細川政元の家臣である赤沢朝経によって焼き討ちされ、本堂を含む伽藍のほとんどが焼失してしまいました。しかし、寺は再建に取り組み、天文13年（1544年）には本堂が無事再建され、復興がなされました。ところが、元亀年間（1570年 - 1573年）に再び兵火に巻き込まれ、今度は本堂を除く堂宇を失うという苦難を経験しています。江戸時代の中期には、貫光戒月や寂照といった僧侶によって本堂の修理が行われ、今日にその姿を伝えています。

明治時代には、発令された神仏分離令によって、境内にあった鎮守社の菅原天満宮が独立しました。また、末寺であった興福寺一乗院が廃寺となったことから、喜光寺は薬師寺の末寺となり、現在に至っています。現在は、薬師寺と同じく法相宗に属し、宗内で唯一の別格本山としてその伝統を保っています。境内では、1992年（平成4年）から「いろは歌」を写経する「いろは写経」が実施され、多くの参拝者が静かに筆を運びます。

近年、喜光寺に関連する重要な発見がありました。2019年（平成31年）、奈良大学が所蔵する木造四天王像の解体修理の過程で、「行基大菩薩御作菅原寺」などと記された墨書銘が計7カ所から見つかったと発表されました。これらの四天王像は、かつて喜光寺（菅原寺）にあったものが明治の神仏分離を受けて額安寺に移されたと伝わっており、今回の発見によって、行基が自ら造像に関わり、この寺に安置されていたという伝承が有力なものとして裏付けられました。この四天王像は、その年の5月から本堂で特別公開され、大きな注目を集めました。

境内と文化財

喜光寺の境内には、長い歴史を物語る貴重な文化財や見どころが多数あります。

本堂：国の重要文化財に指定されています。天文13年（1544年）に再建されたもので、寄棟造、単層裳階（もこし）付きの仏堂です。裳階の正面一間通りが吹き放しとなっているのが特徴です。この本堂は、行基が東大寺大仏殿を建立する際に、その十分の一の規模で試みに建てたと伝わることから、「試みの大仏殿」という俗称で親しまれています。
木造阿弥陀如来坐像：本尊であり、国の重要文化財です。平安時代後期の作とされ、像高233cmの堂々とした像容です。
木造勢至菩薩坐像・木造観音菩薩坐像：南北朝時代の作で、阿弥陀如来の脇侍として伝えられています。
弁天堂：叡尊が相模国の江ノ島弁財天から勧請したと伝わります。現在の御神体は、興福寺から移されたと伝わる石造宇賀神像です。
石仏群：江戸時代の「経よみの文殊」を含む約150体の様々な石仏が安置されています。
南大門：戦乱で焼失後、2010年（平成22年）に再建されました。人間国宝である中村晋也氏制作の仁王像が安置されています。
* このほか、弁天池、2014年建立の行基堂、写経道場を兼ねる庫裏、尊誠法親王と尊常法親王の墓、そして2021年建立の佛舎利殿などがあります。特に佛舎利殿の周囲には、多くの蓮の鉢植えが並べられ、季節には美しい花を咲かせます。

その他

喜光寺は大和北部八十八ヶ所霊場の第二十五番札所となっています。アクセスは近鉄橿原線尼ヶ辻駅から徒歩約12分です。

行基菩薩の創建とその足跡を今に伝える喜光寺は、多くの文化財を有し、歴史の変遷を経て現代にその姿を残す、古都奈良の重要な寺院の一つです。

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