篆書体

篆書体（てんしょたい）とは

篆書体は、漢字、モンゴル文字、満洲文字の書体の一種で、「篆書」「篆文」とも呼ばれます。広義には秦代以前の書体全体を指しますが、一般的には、週末の金文を起源とし、戦国時代に発展・整理され、公式書体となった小篆とその関連書体を指します。

公式書体としての期間は短かったものの、現代でも印章などに広く用いられ、書体の中で最も息が長いものの一つです。

字形の変化

金文からさらに字形の整理が進み、一文字の大きさが均等になりました。文字は、天地に長い長方形の字形に収まるように作られます。点画は水平・垂直の線を基本とし、円弧部分はすみやかに水平線・垂直線と交わるように曲げられます。画の両端は丸められ、線は全て同じ太さで引かれます。

これらの特徴から、金文とは異なり、上下左右のバランスが整った謹厳な印象を与える文字へと進化しました。一方で、曲線を主体とするため有機的な趣も併せ持ち、独特の雰囲気を醸し出しています。また、後世の漢字のように部首分けがしやすいのも特徴です。

歴史と展開

起源

小篆の起源は、中国最古の石刻である戦国時代の「石鼓文」に用いられた大篆にあるとされています。「大篆」は、西周の宣王時代に太史・籀（ちゅう）が公式文字・籀文を定めた際に編纂した書物の名前であり、籀文そのものの別名ともされています。石鼓文の大篆は、籀文が戦国時代の秦に受け継がれたものと考えられています。

秦による公式書体化

紀元前221年、秦は中国を統一しました。その際、法治の確立や度量衡の統一に加え、文字の統一も行われ、小篆が正式な統一書体として採用されました。小篆は、始皇帝が李斯に命じて籀文（または大篆）を簡略化したもの、または李斯の進言により当時の秦で行われていた籀文由来の文字を採用したものとされています。

始皇帝は小篆を権力誇示の手段として用い、自らを讃える銘文を刻んだ「始皇七刻石」を国内6箇所に立て、その権力を示しました。また、小篆は秦が「統一された法治国家」であることを示すため、国の公式証明手段としても用いられました。度量衡の統一の際には、標準器に「権量銘」と呼ばれる小篆を用いた証明文が刻まれ、官吏が公式証明に用いる官印にも用いられました。

隷書への展開と衰微・変質

しかし、小篆はすぐにその形を崩し始めます。秦では下層の役人が事務処理を行うことが多く、複雑な小篆は書きづらかったため、走り書きが多くなりました。このことが小篆の簡略化を促し、やがて隷書を生むことになります（隷変）。

紀元前206年に秦が滅亡し、前漢が成立すると、公式書体は小篆から隷書へと変わりました。小篆はその後、新代に一時的に公式書体として復活しましたが、すぐに再び公式書体から外れました。以後、小篆は「公的証明」の名残から官印や公印に用いられるほかは、装飾的に瓦や鏡の文様、碑や帛書の表題などに用いられる程度になります。

後漢時代には、小篆が「神へ祈るための文字」として認識されるようになり、祭祀や装飾のための特殊な文字として扱われるようになりました。この変化とともに、小篆の字形も崩れ始め、大量の装飾書体が生まれるなど、本来の姿から遠ざかっていきました。

書・印用字体としての再興

唐代に入ると、韓愈らが古文復興運動を行った影響で、書道にも復古主義的な気運が生まれました。その中で、小篆は李陽冰などによって注目され、本来の姿に近い小篆による書道作品や石刻が多く作られるようになりました。これにより、小篆は書道界において一書体として再興しました。

宋代には、『説文解字』の校訂・注釈が行われ、現在見られる『説文解字』のテキストが作られるとともに、小篆による書道も引き継がれました。また、この頃から古印を収集・鑑賞する趣味が発達し、篆書への関心を深める要因となりました。官印や印章には、篆書で官職名や本人の名が彫られていたからです。

元・明代以降には、篆書を用いた印章を彫る作業が「篆刻」という書道の一ジャンルとして確立しました。清代には、考証学の発達により、碑の研究が主流となり、篆書の研究・書作が再び盛んになりました。満洲文字などの篆書も作られました。

現代においても、小篆は書作品や篆刻作品、印章などに用いられています。

関連する書体

秦の八体・新の六体

『説文解字』序文によれば、秦では公式書体として大篆、小篆、刻符、虫書、摹印、署書、殳書、隷書の8つを定めていました。新代には、古文、奇字、篆書、隷書、繆篆、鳥虫書の6つが制定されました。これらの書体は、いずれも小篆と何らかの形で関連性があります。

大篆

小篆の元となった書体で、石鼓文に用いられました。西周の公式文字である籀文であるという説があります。小篆に比べて装飾性が高く、文字全体のバランスも完全な方形ではないことが多いのが特徴です。

印篆

印章用に特化した小篆です。縦に長い小篆を印の正方形に収めるため、曲線部分を直線や折線で表現し、より角ばった印象を与えます。

鳥蟲篆

春秋時代から秦代にかけて武具の装飾に用いられた装飾性の高い書体です。蛇のようにくねった細い線や、鳥の形を模した飾りが特徴です。

後世の派生書体

九畳篆

宋代以降の官印に用いられた小篆です。画を長く伸ばし、幾重にも曲げて装飾性を高めた書体で、判読性は低いものの、官印の権威を示す役割を重視しました。

新の小篆

新代に公式書体として採用された小篆です。曲線部分を極端に角張らせているのが特徴で、小篆と印篆の中間のような字形になっています。

呉の小篆

三国時代の呉で使用された小篆です。「天発神讖碑」「封禅国山碑」に見られます。独特の字形を持ち、非常に特異な書体です。

その他

漢代末から六朝時代にかけて、小篆の装飾性を利用した装飾書体が多数作られました。六朝時代には、40種類以上の装飾書体が伝えられています。また、「懸針篆」と呼ばれる画の先を鋭く尖らせた書体も、この時代に使用されました。

史料

小篆の史料は、公式書体であった秦の時代が短かったこともあり、非常に少ないのが現状です。「泰山刻石」や「瑯琊台刻石」の一部、度量衡の標準器の証明文である「権量銘」などが残っています。しかし、これらの史料は保存状態が悪く、字形が崩れているものも多くあります。

そのため、『説文解字』のような後世の文献に頼る必要があります。『説文解字』は、小篆の字形の標準として用いられています。

研究

篆書、特に小篆は、書道の書跡として研究されるだけでなく、漢字史の研究材料としても広く用いられています。篆書には、隷変や楷書への展開によって失われた情報が多く含まれているからです。また、篆書以前の甲骨文や金文の情報も、正確な研究には不可欠です。

現代における篆書体

利用実態

小篆は、現代でも書道や印章の世界で現役の書体です。日本銀行券の印章や旅券の表紙、郵便切手などにも使われています。また、最近では装飾文字やデザインとしても用いられることが増えています。デジタルフォントも登場し、比較的簡単に利用できるようになっています。

問題点

デジタルフォントの普及によって、小篆が日常生活に進出した一方で、問題点も生じています。

伝統的小篆との衝突

書道や篆刻における小篆は、『説文解字』などの文献を基準とします。しかし、篆書体フォントは字形に対して自由であり、伝統的な字形とは異なるものも少なくありません。また、歴史的にあり得ない文字を大量に作成していることもあります。

篆書体フォントはあくまでデザインとして作られたものであり、伝統的な小篆とは立場も存在目的も異なります。

印影の画一化

篆書体フォントの普及により、印影が画一化するという問題も生じています。誰でも同じフォントを使うことができるため、印影が同じになってしまう可能性があります。

関連する書体

秦の八体
新の六体
大篆
印篆
鳥蟲篆
九畳篆
新の小篆
呉の小篆

参考文献

尾上八郎・神田喜一郎・田中親美・吉澤義則編『書道全集』第1巻（平凡社刊）
神田喜一郎・田中親美編『書道全集』別巻1（平凡社刊）
西川寧編『書道講座』第5巻（二玄社）

関連項目

秦
始皇帝
李斯
説文解字
許慎
李陽冰
徐鉉
徐鍇
書体
篆刻
印章

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