鄭和

鄭和（てい わ）の大航海

鄭和（1371年 - 1434年頃）は、明代の宦官であり、卓越した武将、航海者でした。永楽帝に重用され、南海への7度の大航海を指揮し、その船団は東南アジア、インド、アラビア半島、そしてアフリカ東海岸にまで到達しました。本姓は馬、初名は三保（三宝）で、太監（宦官の最高位）であったことから、中国では三保太監または三宝太監として知られています。

前半生

生い立ち

鄭和は、1371年に雲南省昆[[明市]]晋寧区で、イスラム教徒の次男として生まれました。姓の「馬」は、サイイド（預言者ムハンマドの子孫）であることを示し、父は「米里金」または「馬哈只（ハッジ）」として知られています。彼は、チンギス・ハーンの中央アジア遠征時にモンゴル帝国に帰順したサイイド・アジャッル・シャムスッディーン・ウマルの来孫にあたり、ムスリムであったことが、後の永楽帝に航海の長として重用される理由の一つとなりました。

宦官・鄭和

鄭和が生まれた頃、漢地は明の支配下にあり、元は雲南などに勢力を残すのみでした。10歳の時、明による雲南攻略の際に父を殺され、捕らえられた鄭和は去勢され、12歳で燕王朱棣（後の永楽帝）に宦官として献上されました。靖難の変で功績を挙げた彼は、永楽帝から太監に任じられ、1404年には鄭姓を下賜され、鄭和と名乗るようになりました。

大航海の計画

宋代から元代にかけて、中国商人は東南アジアや南アジアで交易を行っていました。しかし、明の洪武帝は「海禁令」を出し、民間貿易を禁止しました。永楽帝は、この海禁政策の間隙を縫い、周辺諸国への使節派遣を積極的に行い、その一環として大船団を南海に派遣する計画が浮上しました。

船団

鄭和の船団の中で最大の船は宝船と呼ばれ、『明史』によれば全長約137m、幅約56mとされています。ただし、出土品や現代の検証から、全長50m前後とする説もあります。その他、給水艦や食糧艦、輸送艦も加わっていたと推測されています。各航海には約2万7000人が参加し、使節団、航海士、水夫、兵員、事務官、通訳、医官など様々な職種が含まれていました。

大航海の理由

永楽帝が大航海を企図した理由は諸説あります。

靖難の変で行方不明になった建文帝の捜索説。
ティムール朝の伸長を恐れ、その背後勢力との連携を模索した説。
洪武帝が滅ぼした張士誠の残党勢力を鎮撫するためという説。

これらの説には疑問も多く、実際には永楽帝が簒奪した帝位を正当化するため、儒教的な聖王を演出し、他国からの朝貢を促すことが主目的だったと考えられます。また、明の艦隊が南シナ海やインド洋における海上覇権を樹立し、諸国の朝貢を促す意図もあったとされます。しかし、朝貢貿易は明にとって必ずしも経済的な利益には繋がりませんでした。

鄭和の大航海

第1次航海（1405年 - 1407年）

鄭和は1405年、34歳で最初の航海に出発しました。大艦隊は、福州府長楽県から、東南アジア、インド洋を経てコーリコードに到達しました。航海中、パレンバンでは華僑間の抗争に巻き込まれ、陳祖義を討伐しました。この航海により、東南アジア諸国は明への朝貢を開始し、特にマラッカ王国は、鄭和の庇護のもと勢力を拡大しました。

第2次航海（1407年 - 1409年）

鄭和は1407年、2度目の航海に出発し、シュリー・ヴィナーヤ、マジャパヒト、アユタヤ、コーリコード、コーチを経由しました。帰路、セイロン島に多言語碑を建立しています。

第3次航海（1409年 - 1411年）

鄭和は1409年、3度目の航海に出発し、コーリコードに到達しました。帰路、セイロンでガンポラ王を捕虜とし、明に連行しました。

第4次航海（1413年 - 1415年）

永楽帝は、鄭和に更なる遠方への航海を命じました。1413年に出発した船団は、ホルムズに到達し、分隊はモガディシオ、マリンディ（現在のケニア）まで到達しました。また、アラビア半島南岸の都市も経由しました。

第5次航海（1417年 - 1419年）

1417年、鄭和は5度目の航海に出発し、ホルムズに到達しました。また、アフリカ東岸のマリンディにも到達し、ライオン、ヒョウ、ダチョウ、シマウマ、そして麒麟（キリン）などの珍しい動物を連れ帰りました。

第6次航海（1421年 - 1422年）

1421年、6度目の航海に出発し、朝貢に訪れた各国使節を送り届けました。この航海で鄭和がどこまで行ったかには諸説ありますが、分遣隊はアフリカ東岸まで到達しました。

第7次航海（1430年 - 1433年）

宣徳帝の命により、1430年、鄭和は7度目の航海に出発しました。この時もホルムズに到達し、分遣隊は東アフリカの諸港を巡りました。また、一部はイスラム教の聖地メッカにまで到達したと伝えられています。

最期

鄭和は、第7次航海から帰国後、ほどなくして亡くなりました。その墓は、南京の牛首山にあります。

航海の意義と影響

鄭和の航海は、明の国威を示すとともに、朝貢貿易を盛んにする目的がありました。当初は東南アジア海域内での往来が中心でしたが、次第にインド洋やアラビア海へと進出しました。彼の航海は、基本的には平和的な修好と通商を目的としていましたが、時には軍事行動も伴いました。しかし、永楽帝の死後、明は内向的となり、大航海は中止されました。鄭和の記録は『瀛涯勝覧』などの文献に残り、当時の東南アジアを知る上で貴重な資料となっています。

死後

鄭和の死後、明は再び内向的な政策に転じました。大航海は二度と行われず、鄭和の記録は一部が焼却されたとも言われています。鄭和の航海は、中国の歴史における壮大な出来事の一つとして、後世に語り継がれています。

その他

鄭和を祀る寺院は東南アジアに多く存在し、中でもスマラン市の三保洞が有名です。また、中国海軍には鄭和の名を冠した練習艦があります。彼の功績は、多くのドラマや漫画にも描かれています。

参考文献

寺田隆信『鄭和 中国とイスラム世界を結んだ航海者』清水書院、1981年。
ルイーズ・リヴァーシーズ 著、君野隆久 訳『中国が海を支配したとき 鄭和とその時代』新書館、1996年。
宮崎正勝『鄭和の南海大遠征 永楽帝の世界秩序再編』中央公論社、1997年。
ギャヴィン・メンジーズ 著、松本剛史 訳『1421 中国が新大陸を発見した年』ソニーマガジンズ、2003年。
小川博編 編『中国人の南方見聞録 瀛涯勝覧』吉川弘文館、平成10年。

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