イシン・ラルサ時代

イシン・ラルサ時代（紀元前2004年頃 - 紀元前1750年頃）

イシン・ラルサ時代は、古代オリエント史における時代区分であり、ウル第三王朝の滅亡から古バビロニア時代の前半、具体的にはバビロン第1王朝のハンムラビ王によるメソポタミア統一までの期間を指します。ただし、その厳密な年代については、研究者によって見解が異なる場合があります。本稿では、いわゆる「中年代説」に基づいて年代を記述します。

概観

メソポタミアを統一していたウル第三王朝は、紀元前21世紀後半に弱体化し、そこからイシン第1王朝が独立しました。その後まもなく、ウル第三王朝はエラムによって滅ぼされ、イシン・ラルサ時代が始まりました。

この時代、メソポタミアの政治的な主導権を握ったのはアムル人でした。アムル人はウル第三王朝末期からメソポタミア各地に移住・侵入しており、イシン第1王朝を皮切りに次々とアムル系の王朝が成立しました。イシンと、その後イシンから独立したラルサ王朝がメソポタミアの覇権を争い、最終的にはラルサが勝利しました。しかし、メソポタミア中流域ではバビロン第1王朝、マリ、そしてアッシリアが、いずれもアムル系の王朝の下で強大化しました。特にアッシリアのシャムシ・アダド1世は、北メソポタミア全域を支配下に置き、強大な勢力として振る舞いました。シャムシ・アダド1世の死後、メソポタミアは群雄割拠の状態となりましたが、バビロン第1王朝のハンムラビ王がライバルを次々と打ち破り、最終的にメソポタミア全域を支配下に置きました。この結果、バビロンがメソポタミアの中心都市としての地位を確立することになりました。

政治史

ウル第3王朝の滅亡とイシン第1王朝の隆盛

ウル第三王朝最後の王イビ・シンの治世において、王朝は西からのアムル人の侵入と東からのエラムの攻撃にさらされ、その対応に追われました。さらに紀元前2022年頃、シュメール地方で大規模な飢饉が発生すると、王朝の弱体化は深刻なものとなりました。

イビ・シン王は、ウル第三王朝に仕えていたアムル人イシュビ・エッラに食料調達を命じ、彼をイシン市に派遣しました。しかし、イシュビ・エッラは反旗を翻し、イシン市を拠点にウル第三王朝から独立しました（イシン第1王朝）。弱体化したウル第三王朝にはこれを止めることができず、イビ・シン王は彼の独立を承認せざるを得ませんでした。

紀元前2004年、エラム人がシュメールに侵入し、イビ・シン王は敗れてエラムに連れ去られました。エラム人は南部メソポタミアの都市を破壊して支配下に置きました。このウル第三王朝の滅亡は、『ウル滅亡哀歌』などの文学作品を通して語り継がれました。

しかし、エラム人は南部メソポタミアからさらに支配領域を拡大することはありませんでした。独立勢力を築いていたイシン王イシュビ・エッラは、エラム人の北上を食い止めることに成功し、逆に攻勢に出てエラム人をシュメールから排除することに成功したため、南部メソポタミアの大部分がイシンの支配下に入りました。

イシュビ・エッラ以降のイシンの歴代王は、ウル第三王朝の後継者であることを主張し、マラドやウルクなど、混乱の中で独立していた周辺国を次々と制圧していきました。

イシンとラルサの抗争

拡大を続けたイシン第1王朝でしたが、紀元前1944年頃、ラルサ市でアムル人ザバイアが支配権を握り、その次のラルサ王グングヌムの治世になるとラルサ王朝は急速に勢力を拡大しました。

グングヌムはイシン王リピト・イシュタルと南部メソポタミアの覇権を巡って激しく争いました。特に初期の戦いで焦点となったのはウル市の争奪戦でした。ウルは旧ウル第三王朝の都であり、「ウル第三王朝の後継者」という立場を取る両王朝にとっては大義名分を支える政治的意味合いが強かった上に、ペルシア湾を通じた交易の拠点でもあり、戦乱で損傷していたとはいえ、その支配権は重大な問題でした。この戦いはラルサの勝利に終わり、イシンはペルシア湾への出口を失いました。続いてシュメールの最高神であり、王権を授けるとされたエンリルの神殿があった宗教都市ニップルを巡って、再び両王朝が争いましたが、ここでもラルサが勝利し、イシン第1王朝の覇権の芽は潰えました。

マリ争奪戦

ユーフラテス川中流域の重要拠点マリでは、紀元前19世紀半ばまでに支配権を確立したアムル系ハナ族のヤギト・リムと、やはりアムル系で隣接するテルカを勢力範囲としたイラ・カブカブが同地の支配権を巡って争いました。彼らは周辺のアムル系部族をそれぞれ味方につけて争いましたが、この戦いはイラ・カブカブの敗北に終わり、彼はエシュヌンナ方面へ逃れ、マリ市にはヤギト・リムが「リム王朝」と呼ばれる王朝を開きました。

バビロンの独立と拡大

紀元前1894年頃、メソポタミア中部の都市バビロンで、やはりアムル人の王スムアブムが独立勢力を築くことに成功しました。これがバビロン第1王朝です。この時期のバビロンは地方の一都市に過ぎませんでしたが、スムアブムとその後の王たちは城壁の建造を始め、さまざまな建築事業を通じて、この都市を首都にふさわしい姿に変えていきました。

バビロンの周辺では他にもキシュ、カザル、マラド、シッパルなどでアムル系の王朝が成立していましたが、バビロンはこれらの王朝との戦いに勝利し、中部メソポタミアに勢力を伸ばしました。スムアブムの治世下においてカザルは破壊され、次の王スム・ラ・エルの治世までにはシッパルも征服し、キシュと争いました。サビウムの治世には南方のラルサとも戦って勝利を収めました。しかし、紀元前18世紀に入ると、イシン王朝を圧迫して南で勢力を拡大するラルサと再び戦い、これに敗れたバビロンの拡大は頓挫しました。

当時のバビロン王シン・ムバリットはラルサに対抗するために、すでに弱小国となっていたイシンやウルクと同盟を結びましたが、ラルサのリム・シン1世はこの同盟軍を破り、紀元前1802年頃にはウルクが、紀元前1794年にはイシン第1王朝がラルサに併合されて滅亡し、バビロンも国境を大きく後退させました。シン・ムバリトの後、ハンムラビがバビロンの王となりました。

ハンムラビの征服

再びメソポタミア全域に支配権を打ち立てることになるのが、バビロン第1王朝の王ハンムラビです。ハンムラビが即位した時（紀元前1792年）、すでに北方ではアッシリアのシャムシ・アダド1世が、南方ではラルサのリム・シン1世が最盛期を迎えており、バビロンはこれらに挟まれて厳しい立場にありました。ハンムラビはシャムシ・アダド1世との友好関係維持に細かく注意を払い、その支持を得て南のラルサに対抗しました。紀元前1784年頃までにラルサのリム・シン1世と戦ってイシン、ウルク、ウルなどを攻略し、バビロンの勢力を拡張しました。さらにエシュヌンナとも戦って領域を拡張しました。

シャムシ・アダド1世が没するとその息子たちを見限り、マリのジムリ・リムに接近して同盟を結びました。その後20年前後にもわたり、ほとんど専ら国内整備と防御に時間を費やしました。

転機となったのは紀元前1764年の戦いです。この年、エシュヌンナ、アッシリア、グティ人、エラムなどの同盟軍がバビロンを攻撃しました。ハンムラビはこの戦いに勝利し行動の自由を得ました。翌年、一挙に南下してラルサのリム・シン1世を打ち破りラルサを併合しました。続いて長年にわたる同盟相手であったマリのジムリ・リムも滅ぼしてマリを併合しました。紀元前1757年頃にはエシュヌンナ市を完全に破壊し、アッシリアへも出兵してこれを征服しました。

これら極めて短い間のハンムラビ王の征服活動の結果、再び全メソポタミアを支配する王朝が登場し、バビロン市がメソポタミアの中心都市として舞台に登場し始めることとなりました。

社会

言語

ウル第三王朝末期以来、シュメール語は日常語としては次第に用いられなくなっていきました。ハンムラビ王がメソポタミアを統一した頃には完全に死語となっていたといわれています。代わってアッカド語が行政においてもその他文学においても一般化していきました。

イシン、ラルサはシュメールの後継者たることを主張したために行政文書や法律文書にはシュメール語が多く使用されたほか、シュメール時代の文学作品の多くが書写されて後世に残されました。現代において得られるシュメール語文書の多くは実際にはこのイシン・ラルサ時代の書き写しによって知られています。こうしてシュメール語は西欧におけるラテン語のように、政治・宗教・学問の言語としてなおも継承されました。

宗教

宗教的にもシュメールの影響は色濃く残されました。シュメール時代の祭祀・儀礼の多くがイシン・ラルサ時代の王朝、とりわけイシン・ラルサの王たちによって継承されました。

一方で、各地で自立した王朝によってそれぞれの都市神の地位が向上され、新たな神々も登場しました。バビロンの都市神マルドゥクやエシュヌンナの都市神ティシュパク、そしてアッシリアの神格化された都市アッシュールなどが国土の統治権を有する神として祀られていくことになります。

法典

この時代は人類最古級の法律文書が次々と現れる時代でもあります。イシンのリピト・イシュタル法典、エシュヌンナのエシュヌンナ法典、そして何よりもバビロンのハンムラビ法典などが次々と編纂されました。ただし、これらが実際に運用された法律であると考えるには体系性がないことが知られており、法律というよりは「判例集」「法規集」のような性質を持っていたともいわれます。

経済

この時代の経済については王室経済を中心に多くのことが知られています。マリやラルサなどでは官営の織物工場が建設され、雇用契約体系も整えられていました。アッシリア商人たちは錫や毛織物の取引を通じて北メソポタミアを中心に商業圏を確立し、バビロンなど南部メソポタミアの地でも居留区を作って売買を行っていました。各国の王たちはこれら商人の活動に関税をかけて収入を得ると共に、商人長と呼ばれる役人を置いて、商人たちの活動を統制し、また必要な商品を得ていました。

こうした経済の発展の一助となったのが銀です。銀は主に粒銀や延べ棒の形で使用され、物の価値を判別する基準となり、交易や投資における決済手段となりました。持ち運びが容易で腐ることもない銀による支払いの確立は、経済規模の拡大をもたらしたことは疑いありません。

もう一度検索