エリック・シプトン

エリック・アール・シプトン

エリック・アール・シプトン（1907年8月1日 - 1977年3月28日）は、20世紀を代表するイギリスの登山家、探検家、そして著述家です。特に1930年代から1950年代にかけて行われたイギリス隊によるエベレスト遠征において、彼は核心的な役割を果たしました。しかし、世界初のエベレスト登頂が達成された1953年の遠征隊の隊長には、多くの経験を持ちながらも選ばれなかったという、歴史の皮肉ともいえる運命をたどりました。シプトンの活動範囲はヒマラヤにとどまらず、ヨーロッパアルプス、中央アジア、そして遠くパタゴニアまで、文字通り地球上の多様な山岳地帯や未踏の地を歩き続けました。また、その豊富な経験をもとに、多くの登山記録や探検記を執筆し、読者を未知の世界へと誘いました。エベレスト初登頂を成し遂げたエドモンド・ヒラリー卿とシェルパのテンジン・ノルゲイを、初めてイギリス隊に迎え入れたのもシプトンの功績の一つです。

生涯

生い立ちと探検の始まり

シプトンは1907年8月1日、当時イギリス領であったセイロン（現在のスリランカ）で、茶園を経営する家庭に生まれました。しかし、彼が3歳の時に父親が亡くなり、母親は姉と幼いエリックを連れてインド各地を転々とします。8歳になると、イギリス本国で教育を受けさせるという母親の希望により帰国し、寄宿学校に入学しました。その後進んだピットハウス校の休暇を利用して、彼はアルプスの山々を歩き始め、登山への情熱を育みました。ケンブリッジ大学への進学は叶わず、父親と同じように植民地で農園を経営する道を選び、1928年にケニアのコーヒー農園で働き始めます。

ケニア赴任中、彼は植民地省の弁務官で著名な登山家でもあったパーシー・ウィン・ハリスに手紙を送り、自身も登山に興味があることを伝えました。これに対し、ウィン・ハリスからケニア山への登山に誘われます。二人は当時未踏であった第二峰ネリオンに登り、さらに最高峰バティアンの頂上にも達しました。この登山のニュースは当時の新聞でも取り上げられ、この記事を読んだビル・ティルマンがシプトンに接触してきました。実際に会った二人はすぐに意気投合し、キリマンジャロなどアフリカの山々を共に登るようになります。

ヒマラヤへの足跡

シプトンとティルマンは、自分たちの登山記録をイギリスの登山雑誌に寄稿していました。これがイギリス登山界の重鎮であったフランク・スマイスの目に留まり、ガルワール・ヒマラヤのカメット山（標高7,756 m）遠征への参加を要請されます。シプトンはスマイスらと共にカメットの登頂に成功し、これは当時の登頂最高記録となりました。この遠征の成功が評価され、シプトンは1932年、エベレスト委員会のウィリアム・グッドイナフ卿から、翌年のエベレスト遠征隊への参加を打診されます。こうして26歳で、彼はエベレストへの道を歩み始めました。1933年隊はヒュー・ラットレッジを隊長とし、高度8,570mまで到達しましたが、登頂はなりませんでした。

1934年には、ティルマンと共にガルワール地方のナンダ・デヴィ山域を探検し、リシ・ガンガ川流域から「内院」と呼ばれる聖域へのルートを発見しました。この探検の成果は、後に著書『ナンダ・デヴィ』として結実します。

1935年、シプトンをリーダーとする小規模な遠征隊が、エベレストのモンスーン期の気候調査を目的に派遣されました。この隊はノース・コルの麓でモーリス・ウィルソンの遺体を発見するほか、若きシェルパ、テンジン・ノルゲイが初めて参加しました。また、この遠征でシプトンがニュージーランド出身のダン・ブライアントに好印象を持ったことが、後のエドモンド・ヒラリーのエベレスト遠征参加につながる伏線となりました。

1936年、イギリス第六次エベレスト遠征に参加。例年より早いモンスーンの到来により、遠征は大きな成果を得られずに終わりました。その後、シプトンはティルマンとカラコルム山脈のシャクスガム川流域を探検し、ブラルド氷河を越えてフンザへ抜けました。この探検行の功績により、王立地理学会から金メダル（パトロンズ・メダル）を授与されました。

1938年、ティルマンが隊長を務めるエベレスト遠征に再び参加しましたが、悪天候により登頂を断念し帰還しました。これ以降、第二次世界大戦の影響でエベレスト遠征は中断されます。

戦争と外交官、そして再び探検へ

第二次世界大戦中、シプトンは外交官として活動し、カシュガル総領事を務めたほか、テヘラン、ハンガリー、ウィーンなどで勤務しました。終戦後再びカシュガルに戻り、その後中国の昆明に赴任しますが、情勢の変化により1951年にイギリスへ帰国します。カシュガル滞在中の1947年には、盟友ティルマンと共にムズダーグ・アダ（標高7,546 m）に登頂しています。

1951年、シプトンはネパール側からのエベレスト山頂ルート探索を依頼され、遠征隊を率いました。この隊には、ニュージーランドからエドモンド・ヒラリーも加わります。彼らは難関であるアイスフォールを突破し、現在でも主要ルートとなっている南東稜からのウェスタン・クウムへの道を見出しました。

1952年、翌年のエベレスト遠征の訓練を兼ねて、シプトンはイギリス隊を率いチョ・オユー遠征を行います。この遠征では登頂そのものより訓練が重視されました。遠征隊解散後、シプトンはチャールズ・エヴァンスらと共にエベレスト東方のバルン谷を徒歩で踏破しました。

運命の転換とパタゴニア

1952年9月、1953年のエベレスト遠征隊長選考はシプトンの人生を大きく左右しました。当初、豊富な経験を持つシプトンが隊長候補の最有力とされ、一度は本人に打診も行われました。しかし、チョ・オユー遠征の一部隊員からシプトンのリーダーシップに関する懸念が示されたことや、彼が大規模隊より小規模隊での活動を好む傾向があったことから、ヒマラヤ委員会は軍人であるジョン・ハントを新たな隊長に選出しました。この決定は議論を呼びましたが、シプトンは隊から外されることとなり、深い失意を抱きました。

その後、カンバーランド州の登山専門学校校長や友人の農園での静かな生活を経て、1957年には学生隊のカラコルム探検隊長を務めました。この探検は悪天候で中止となりますが、道中で学生の一人とパタゴニアの魅力について語り合ったことが、彼の新たな探検の舞台を決定づけました。

1958年、シプトンは初めて南米大陸のパタゴニアに足を踏み入れます。以来、彼は「嵐の大地」と呼ばれるこの地域を十数年にわたり探検し続けました。1960年にはパタゴニア南部氷床を縦断、1962年にはフエゴ島でダーウィンI峰やセロ・ヤガーン山に初登頂するなど、新たな発見を重ねました。1963年には北部氷床も縦断しています。1964年には英国山岳会会長に就任しました。これは、1953年の隊長選出問題で傷ついた彼の名誉を回復しようという英国山岳会の意向があったと言われています。

山と冒険をこよなく愛し、少人数のパーティーでの活動を好んだエリック・シプトンは、1977年3月28日、イングランド南部のウィルトシャーでその生涯を閉じました。

栄誉

王立地理学会金メダル（パトロンズ・メダル）、1938年
英国山岳会会長、1964年-1967年

主な著作（日本語訳）

『ナンダ・デヴィ』（Nanda Devi）、諏訪多栄蔵 訳、朋文堂、1961年
『地図の空白部』（Blank on the map）、諏訪多栄蔵 訳、あかね書房、1968年
『わが半生の山々』（Upon That Mountain）、吉沢一郎 訳、あかね書房、1967年
『ダッタンの山々』（Mountains of Tartary）、水野勉 訳、白水社、1975年
『嵐の大地』（Land of Tempest）、田村脇子 訳、山と溪谷社、1973年
『未踏の山河―シプトン自叙伝』（That Untravelled World）、大賀二郎・倉知敬 訳、茗渓堂、1972年

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