ソフトベンダーTAKERU

ソフトベンダーTAKERUとは

ソフトベンダーTAKERU（ソフトベンダー・タケル）は、1986年にブラザー工業の安友雄一氏が中心となり開発された、世界初のパソコンソフト自動販売機です。このサービスは、自動販売機を通じてフロッピーディスクにゲームなどのデータを書き込むという、当時としては非常に画期的な仕組みでした。

サービスは、当初ブラザー工業TAKERU事務局が運営し、自動販売機の設置のほか、郵便による通信販売も行っていました。1994年5月には、JOYSOUNDを運営するエクシング通信システム事業部に業務が移管されましたが、1997年2月に全サービスを終了しました。

開発と変遷

1985年に15台のテスト機SV-2000でスタートし、1986年4月21日に「ソフトベンダー武尊」として正式にサービスを開始しました。1986年には2代目のSV-2100が導入され、16ビットパソコンに対応しました。1991年春から夏にかけては、3代目のNEW TAKERU（SV-2300）が導入されました。

サービス開始当初は、8ビットパソコンが主流の時代で、ソフトウェアはパッケージ販売が一般的でした。その中でTAKERUは、「自動販売機」という形でオンライン販売をいち早く開始しました。パソコン通信ですらマニア向けの行為とされていた時代に、全く新しい流通形態を築こうとした先駆的な業態でした。

しかし、サービス開始当初から高額な通信費やラインナップの貧弱さという課題を抱えており、目標としていた2000台の設置には遠く及ばず、最盛期でも設置台数は300台でした。

それでも、このサービスのネットワークは、通信カラオケJOYSOUNDなど、後に生まれる様々なサービスに応用されました。2016年11月26日には、ブラザー工業により公式の30周年記念イベントが開催されています。

開発前史

1983年、ブラザー工業がアンテナショップ「コムロード」を立ち上げた際、パソコン用ソフトの売れ行きにばらつきがあり、不良在庫が発生していました。また、ブラザーは通信自由化以前から、情報ネットワークサービス「キャプテンシステム」に参加するなど、NTTとの接点がありました。そこで、若手社員だった安友雄一氏は、通信を用いた「ニューメディア」によって在庫を解消することを思いつきました。安友氏は、通信速度の遅さや高額な通信費という課題を抱える「ニューメディア」でのサービスは実現性が低いと考えつつも、「大変だけどやってみよう」という気持ちで企画を立ち上げたと、後のインタビューで語っています。

動作の仕組み

利用者は、まず画面の指示に従って購入したいソフトウェアを選択し、指定された金額を支払います。すると、ブランクメディアが出てくるので、それをフロッピーディスクドライブなどの書き込み装置にセットして、ソフトウェアを書き込みます。最後に、フロッピーディスクケースやプリントアウトされたマニュアルと共にソフトウェアを入手するという流れです。

TAKERUのCPUボードは自社製で、初代と2代目のメインCPUはNEC V30でした。3代目はIntel 80386SXを搭載し、ROMカセットやVAN回線を廃止しました。代わりに、TAKERU CLUB用のカードリーダーやCD-ROMドライブ、フロッピーディスク（5インチ・3.5インチ）、INSネット回線、ハードディスク、感圧式タッチパネルなどを搭載しました。筐体の色は、初代が白色に青色の線、2代目が赤色と灰色の塗り分け、3代目が灰色と黄色の塗り分けでした。

内部には、何も記録されていない各種ブランクメディアがストックされており、CD-ROMドライブから読み出したデータや、ネットワーク経由でダウンロードしたデータをこれらのメディアに書き込むことができました。サービス開始当初は、CD-ROMドライブが一般に普及していなかったため、コンシューマーゲームでもCD-ROMドライブの利用は1988年のPCエンジンのCD-ROM²が最初でした。

販売されたソフトウェア

TAKERUでは、FM TOWNS、FM-7、FM77AV、ダイナブック、Classic Mac OS、MSX、X1、PC-88（mkII・SR以降）、PC-98（EPSON PCシリーズ対応）、Windows（3.1、95）、X68000といった様々な機種のソフトウェアを販売していました。さらに、各社のワープロ用テンプレートやクリップアートも扱っていました。初期には、FM-7やX1のカセットテープメディアも販売していました。末期には、CD-ROM写真集やパッケージソフトの通信販売も行っていました。

説明書と領収書は内蔵プリンターで印刷されましたが、初期はドットインパクトプリンターだったため、数ページのマニュアルの印刷に時間がかかりました。3代目のNEW TAKERUではレーザープリンターになり、印刷時間が短縮されました。また、メディアへの書き込みにも時間がかかりました。マニュアルが10ページを超える場合は別送となるため、TAKERU CLUB会員以外は引換券を郵送する必要がありました。

フロッピーディスクケースは、初期には緑色の紙製でしたが、その後、青、黄、緑、黒と変遷しました。後期にはケースの有無を選べるようになり、その後廃止されました。

筐体には、タッチパネル式のCRTディスプレイ、5インチ・3.5インチフロッピーディスクドライブ、MSX用ROMカートリッジ差し込み口（初代・2代目のみ）、プリンター、フロッピーディスク取り出し口などが内蔵されていました。内部には、データキャッシュ用のハードディスクドライブ、メニュー画面データ格納用のCD-ROMドライブが搭載されていました。自動販売機として、金銭識別機や媒体のストックも備えられていました。

技術的な側面

TAKERUは、CPUに初代から2代目まではIntel 8086互換のV30(μPD70116)を、3代目はIntel 80386SXを使用し、OSにはDR-DOSを用いていました。内蔵されたCD-ROMやキャッシュにデータがない場合は、VAN回線やISDN回線でダウンロードし、フロッピーディスクや専用のROMカートリッジに書き込んで販売していました。

流通コストの削減やパッケージ・マニュアルの省略化により、TAKERUで販売されるソフトは、パッケージ販売されているソフトよりも低価格に抑えられていました。

展開と試行錯誤

1983年8月15日、安友氏はインテックのネットワーク責任者と相談し、企画が始まりました。プロトタイプ4台を制作しましたが、静電気やノイズに弱く、通信費も高額になるという課題が浮き彫りになりました。制御に使用したPC-98の詳細な資料がないため、NECに内部資料を求めに行くこともありました。

1985年に完成し、「パソコンソフト自動販売システム発表会」でプロトタイプ「SV-2000」が展示されました。そして、コムロードやJ&P（上新電機）などの家電量販店15店舗の協力を得て、東京、大阪、名古屋で試験運用が行われました。

1986年4月の正式運用にあたり、サービス名を「ソフトベンダーTAKERU」に変更しました。「TAKERU」の名称は、日本武尊命に由来しています。当初は「SV-2000」で売り出す予定でしたが、当時の流行で漢字を用いた「ソフトベンダー武尊」に変更したところ、漢字を読めない子どもに「ブソン」と間違えられたそうです。

サービス開始当初は高額な通信費用で赤字でしたが、専用回線からアナログ回線に変更し、データの送信時間を夜間に変更するなどの工夫を凝らした結果、わずかながら黒字に転じ、撤退が取り消しになりました。

販売タイトルとラインナップ

TAKERUでは、ロングテールで生き残る作戦がとられました。販売ソフトは、すでにパッケージ販売された商品の廉価版や復刻版が中心でしたが、TAKERUでしか買えないオリジナル作品や、自社開発のパッケージソフト（郵送）も存在しました。さらに、有名作品の追加シナリオ集や、雑誌企画と連動した作品も販売されました。在庫を持つ必要がないという利点から、年賀状の素材集や音楽のMIDIデータなど、実用的なソフトも多くありました。

1993年頃には、同人ソフトの取り扱いを開始し、アイマジックのように一般企業に転身したサークルも現れました。アイマジックは、TAKERU上で販売されたデジタルカタログソフト『おうちでTAKERU』の開発にも関わっています。このソフトは、店頭での待ち時間を減らすために作られたもので、PC-9801やX68000向けに販売されたほか、パソコン雑誌の付録CD-ROMなどにも収録されました。

TAKERU CLUB

1991年には、会員組織『TAKERU CLUB』が導入されました。入会金と年会費はそれぞれ500円で、前回の購入履歴や住所、氏名が記録された磁気カードが発行されました。会員特典としては、マニュアルが別送となるソフトを購入する際に住所などの入力が不要になる、会員価格で購入できる、会員紙『TAKERUわあるど』が毎月送られてくる、購入時にクーポンが付き、一定額を集めるとソフトを購入できるなどがありました。会員数は約4万人で、10代が58％、20代が33％を占めていました。

他システムへの応用

1990年代に入り、カラオケが普及しましたが、当時のカラオケはレーザーディスクが主体で、収録曲数が少なく、最新曲の導入にも時間がかかりました。そこで、TAKERUのネットワークを用いて楽曲データの配信を思いつき、通信カラオケJOYSOUNDが誕生しました。TAKERUのソフトウェア配信サーバとJOYSOUNDの楽曲データ配信サーバは、当時同一のシステムで稼働しており、昼はTAKERUを主体、夜はJOYSOUNDを主体に稼働することで、システムの稼働率を高めていました。
また、TAKERUの技術は証明書自動発行機にも応用されています。

サービス終了と反響

サービス開始から10年後の1997年2月に、TAKERUのサービスは終了しました。安友氏は、当時は黒字だったものの、インターネット環境がパソコンの処理能力に追いついていないと判断し、将来性を考慮してサービスを終了したと語っています。

サービス開始当初、その革新性が注目されましたが、通信費が従量制だった上、データ送信に時間がかかったため、売上を上回る通信費が請求され、赤字に陥っていました。通信費の問題は解決できたものの、売上の低迷が続き、撤退の声が上がっていました。その原因の一つは、ラインナップの貧弱さでした。ソフトメーカーがファミリーコンピュータに流れてしまったことや、TAKERU用のフロッピーディスクが素朴なものであったことも、売上低迷の一因でした。

ブラザーは自社ソフトの開発に乗り出すも、うまくいきませんでした。そこで、同人ゲームやマニア向け作品、アダルトゲームの配信も行いましたが、売り上げの増大には繋がりませんでした。一方で、TAKERUは、パッケージソフトを作る体力のない小さな会社にとって、ソフトの販売ができる貴重な存在でした。MSXの衰退によってソフトの入手が困難になる中、MSXマニアはTAKERUを通じて新作ソフトを購入していました。

NPO法人ゲーム保存協会の理事長は、TAKERUの実機を見て衝撃を受けたと言い、もしサービスが継続していれば、Steamのような存在になっていただろうと語っています。

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