ティベリウス・グラックス

ティベリウス・センプロニウス・グラックス

ティベリウス・センプロニウス・グラックス（紀元前163年 - 紀元前133年）は、共和政ローマの政治家であり、グラックス兄弟の兄として知られています。彼は護民官として、当時のローマ社会が抱える深刻な社会問題の解決を目指し、大胆な改革を提唱しましたが、元老院の保守派勢力との激しい対立の末、非業の死を遂げました。彼の死後、ローマは「内乱の一世紀」と呼ばれる混乱の時代へと突入していくことになります。

生涯

ティベリウスは、紀元前163年に、大グラックスとコルネリア・アフリカナの息子として生まれました。弟には、同じく改革者として知られるガイウス・グラックスがいます。彼らは、執政官を輩出するような名門貴族（ノビレス）の家柄でした。

紀元前147年、ティベリウスはトリブヌス・ミリトゥム（軍事担当官）またはレガトゥス（副官）として、スキピオ・アエミリアヌスの下で第三次ポエニ戦争に従軍し、カルタゴの城壁を乗り越えるなど、軍事的な才能を発揮しました。

紀元前137年には、クァエストル（財務官）に就任し、執政官ガイウス・ホスティリウス・マンキヌスの下でヌマンティア戦争に従軍します。しかし、マンキヌス率いるローマ軍はヌマンティア軍に連戦連敗を喫し、危機的な状況に陥ります。そこでティベリウスは、ヌマンティアとの和平交渉を主導し、多くのローマ兵の命を救いました。歴史家のテオドール・モムゼンは、この和平が元老院によって破棄されたことが、ティベリウスが貴族社会に反発し、改革運動に身を投じるきっかけになったのではないかと指摘しています。

護民官として

紀元前133年、ティベリウスは護民官に当選し、民会（コンティオ）において「センプロニウス農地法」を提案しました。プルタルコスによれば、この時の彼の演説は聴衆を熱狂させ、反対派さえも黙らせるほどの力を持っていたと言います。

この農地法は、戦争中に国が徴収した公有地のうち、500ユゲラ（約310エーカー）を超える土地を没収するという内容でした。当時のローマでは、大規模な公有地が事実上、大土地所有者によって私有地化されている状況が蔓延していました。この法案は、紀元前367年に制定されたリキニウス法の精神を復活させ、土地所有の偏りを是正することを目的としていました。

元老院との対立

土地を多く所有する元老院は、ティベリウスの農地法案を阻止しようと画策します。元老院は、護民官の一人であるマルクス・オクタウィウスを買収し、ティベリウスが民会に法案を提出するたびに拒否権を発動させました。これに対し、ティベリウスはオクタウィウスを民会投票によって解任するという強硬手段に出ます。護民官による護民官の解任は、ローマ史上前例のない出来事でした。

センプロニウス農地法が可決されると、ティベリウスが攻撃されることを恐れた人々が彼を警護し、自宅まで送り届けました。また、ペルガモン王アッタロス3世が遺言によって王国をローマに寄贈すると、ティベリウスはこれを農地法の財源に充てようとしました。さらに、この提案をケントゥリア民会やトリブス民会ではなく、プレブス民会で可決するという異例の手段に出ます。これらの行為は、伝統的に海外の事案に関与してきた元老院にとって、大きな衝撃であり、ティベリウスと元老院の対立はますます深まっていきました。

オクタウィウスの解任は、平民の間にもティベリウスに対する反発を引き起こしました。しかし、元老院に配慮した政策は拒否され、民衆に対してはコンティオで弁明を行い、護民官再選運動の際には涙を流して支持を訴えたと言われています。

暗殺

紀元前133年、ティベリウスは護民官の再選を目指しましたが、元老院の妨害によって苦戦を強いられます。再選を目指した選挙当日、彼は占いを立てましたが、結果は芳しくありませんでした。家を出る際には、扉に足をぶつけて怪我をし、カラスが鳴き叫び、彼の前に瓦が落ちてくるなど、不吉な出来事が続きました。

しかし、彼は意を決して議場へと向かいます。反対派が粛清を叫ぶ中、プブリウス・ムキウス・スカエウォラ (紀元前133年の執政官)がこれを拒否すると、スキピオ・ナシカが手勢を率いて民会に乱入し、ティベリウスを暗殺しました。人々に支持されながらも再選を果たせなかったのは、やはり元老院による妨害が大きかったと考えられます。

ティベリウスは、「アフリカヌスの孫で平民の代表たる護民官である自分が臆病者と敵に罵られるわけにはいかない」と言い、外出を控えるよう説得する従者を振り切って、護衛に守られながらフォルム・ロマヌムに現れました。彼の遺体はティベリス川に投げ込まれたと言われています。

ティベリウスの遺志は、その10年後に護民官に当選した弟ガイウス・グラックスに引き継がれますが、ガイウスもまた、元老院の策謀によって「共和国の敵」と宣告され、処刑されることになります。兄の死から11年後のことでした。

ティベリウスとガイウスのグラックス兄弟の改革は、ローマ社会に大きな影響を与えましたが、保守的な勢力との対立によって、いずれも悲劇的な結末を迎えました。彼らの死後、ローマは内乱の時代へと突入し、共和政は終焉を迎えることになります。

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