トレイン・シェッド

トレイン・シェッド：駅を彩る巨大な屋根

トレイン・シェッド（train shed）は、鉄道駅においてプラットフォームと線路を同時に覆う、巨大な屋根構造のことです。日本語では「駅舎大屋根」や「プラットホーム上屋」とも呼ばれます。

トレイン・シェッドの役割

トレイン・シェッドの主な目的は、乗客を雨、風、直射日光から守ることです。プラットフォームごとの上屋でも同様の役割は果たせますが、トレイン・シェッドは駅全体の景観や雰囲気を大きく左右する要素として、都市の象徴的な存在となりました。特に19世紀のヨーロッパや北米の大都市では、巨大なトレイン・シェッドが競うように建設され、都市や鉄道会社の象徴として重要な役割を担いました。これは、中世の大聖堂の高さを競い合った歴史にも似ています。

20世紀に入ると、トレイン・シェッドの流行は下火になりますが、近年ではデザイン性が見直され、駅の新設や改装の際に再び採用されるケースも増えています。

トレイン・シェッドの歴史

誕生

世界初のトレイン・シェッドは、1830年に開業したリヴァプール・マンチェスター鉄道のクラウン・ストリート駅に設けられた木造の屋根です。その後、鉄道網の拡大とともに、各地でトレイン・シェッドを持つ駅が建設されました。

北米では、1835年に開業したローウェル駅の屋根が最初のものとされています。しかし、アメリカではヨーロッパほど駅の建設に費用をかけず、ホームの屋根は駅舎の庇を伸ばした程度のものが主流でした。

トレイン・シェッドの起源には諸説あり、イギリスでは駅馬車の発着所を兼ねた宿屋の車寄せの屋根、北米では有料道路の料金所の屋根が原型になったとも考えられています。

発展

1830年代からしばらくの間、駅の構造は試行錯誤が繰り返されていました。1837年に開業したロンドン・ユーストン駅では、プラットフォームと線路をトレイン・シェッドで覆い、その側面に駅舎を配置し、さらに正面に門を設けてシェッドが市街地から直接見えないようにしました。この構造が、1850年頃から大都市におけるターミナル駅の基本形として定着します。

ユーストン駅は、トレイン・シェッドの主要な建材として鋳鉄を利用した最初の例でもあります。

初期のトレイン・シェッドには、構造設計が不十分なものもあり、ロンドンのブリックレイヤーズ・アームズ駅では崩落事故も発生しています。

1851年のロンドン万国博覧会で建てられた水晶宮は、鉄骨とガラスを多用した画期的な建築物であり、その影響は1850年代のトレイン・シェッドにも現れました。イザムバード・キングダム・ブルネルは、ロンドン・パディントン駅のトレイン・シェッドを設計し、そのデザインは建築界に大きな影響を与えました。

1860年代になると、主要駅は大規模化し、トレイン・シェッドも巨大化していきました。トレイン・シェッドの幅や高さ、径間などの競争は、鉄道会社や技術者の名誉をかけたものでもあり、橋梁の技術者がトレイン・シェッドの設計に携わることも増えました。

最盛期

19世紀末には、トレイン・シェッドの流行は最盛期を迎えます。この時代の主要駅は、「誇大妄想の大聖堂」と評されるほど巨大化し、新興ブルジョワジーの富と欲望の象徴でもありました。

1888年に開業したフランクフルト中央駅は、正面の駅舎から広いコンコースを経て、3連のアーチ形トレイン・シェッドに至るという、大規模ターミナル駅の一つの完成形を示しました。

アメリカではペンシルバニア鉄道が巨大トレイン・シェッドの建設に熱心で、フィラデルフィアのブロードストリート駅のトレイン・シェッドは、当時世界最大の径間を誇りました。

アメリカでの衰退

19世紀末から、アメリカでは巨大駅の建設において経済性が重視されるようになり、トレイン・シェッドにかけられる費用が減少しました。1894年に開業したセントルイスのユニオン駅は、「世界最大の駅」と宣伝されましたが、内部には支柱が多く、窮屈な印象がありました。

1906年には、デラウェア・ラッカワナ・アンド・ウェスタン鉄道のホーボーケン駅で、リンカーン・ブッシュが発明した「ブッシュ式シェッド」が実用化されました。これは鉄筋コンクリート製の低い屋根で、蒸気機関車の排煙のために溝が設けられていました。

20世紀半ばからは、長距離旅客列車の衰退とともに、既存のトレイン・シェッドは取り壊されたり、他の目的に転用されたりしました。しかし、その建築様式は空港ターミナルビルなどに受け継がれています。

20世紀のヨーロッパ

北米でトレイン・シェッドの流行が下火になった後も、ヨーロッパではしばらく新設が続きました。

1900年のパリ万国博覧会に合わせて開業したオルセー駅は、電気機関車専用の駅であり、トレイン・シェッドと駅舎が一体化した構造でした。

フランスでは万博後、主要駅の新設や改修はしばらく途絶えましたが、ドイツでは第一次世界大戦までトレイン・シェッドの建設が盛んでした。ハンブルク中央駅やライプツィヒ中央駅など、大規模なトレイン・シェッドを持つ駅が建設されました。

第一次世界大戦後には、フランスの地方都市で鉄筋コンクリート製のトレイン・シェッドが建設されました。

現代のトレイン・シェッド

20世紀末以降、高速鉄道の普及に伴い、高速新線上の駅や空港連絡駅などで、新しい技術を取り入れたトレイン・シェッドや大屋根が建設されています。

トレイン・シェッドの構造

トレイン・シェッドの形状は、大きく分けて三角形の断面を持つ切妻形と、曲線状のアーチ（ヴォールト）形に分類されます。それぞれの形状に、様々な建設技術が用いられています。また、国によって好まれる形状も異なりました。

切妻形

切妻形のトレイン・シェッドでは、屋根の内側にトラス構造を用いることで、壁への荷重を減らしつつ広い径間を確保しています。

ポストトラス: 初期の小規模なシェッドに用いられた木製の構造で、クイーンポスト・トラスやキングポスト・トラスなどがあります。
ポロンソー・トラス: フランスのカミーユ・ポロンソーが発明した構造で、ポストトラスより大きな径間を構成できます。
ハウトラス: アメリカのウィリアム・ハウが発明した構造で、垂直材の間に対角線状に部材を追加したものです。
ディヨン式トラス: ポロンソー・トラスの改良型で、水平方向の部材が不要となり、より広い空間を構成できます。

アーチ形

アーチ形のトレイン・シェッドでは、アーチリブやトラスによって屋根を構成します。

アーチリブ: アーチと格子状のリブ（肋）により屋根を構成する方式。
クレセント・トラス: 三日月（クレセント）形の断面を持つトラスによってアーチを作る方式。
タイロッドアーチトラス: アーチからロッドを伸ばして、水平方向の力に対応する方式。
リジッドアーチトラス: アーチをプラットフォームの下の梁と接続し、水平方向の力を処理する方式。
* 3ヒンジアーチトラス: ドイツのヨハン・ヴィルヘルム・シュヴェードラーが発明した構造で、巨大トレイン・シェッドに用いられました。

トレイン・シェッドの文化的背景

19世紀のヨーロッパでは、都市と田園を区別する意識が強く、都市の中に鉄道を受け入れることへの抵抗がありました。そのため、駅舎は古典的な意匠を取り入れ、トレイン・シェッドは工場の象徴とされ、都市の玄関口として機能しました。

駅を利用する乗客はまず駅舎内の待合室に案内され、列車の発車直前にトレイン・シェッド内のプラットフォームに導かれました。しかし、1860年代になると、コンコースが整備され、都市と鉄道の距離が縮まりました。やがて、駅舎でトレイン・シェッドを覆い隠す必要はなくなり、シェッドが露出したデザインも現れました。

アメリカでは、都市への工業の侵入に抵抗する意識はヨーロッパほど強くなく、都市間の鉄道車両が市内の併用軌道に乗り入れることもありました。これが、アメリカでトレイン・シェッドの発達が遅れ、廃れた理由の一つと考えられています。

温室との関連

初期のトレイン・シェッドは、温室の建築に大きな影響を受けています。温室は高い屋根に覆われた広い空間であり、技術的にはトレイン・シェッドと共通点があります。また、温室は本来田園に属する植物を都市に取り入れるための建物であり、その意味で駅のトレイン・シェッドも同じ目的を持つと言えます。

ピクチュアレスクとの関連

18世紀末に生まれたピクチュアレスクという思想は、移動する視点によって変化する景観を重視するもので、鉄道旅行による車窓からの眺めは、まさにピクチュアレスクを体現するものでした。トレイン・シェッドのデザインにもその影響が見られます。

日本のトレイン・シェッド

日本では、欧米のような巨大トレイン・シェッドが建設されることはありませんでした。これは、明治時代に鉄道が開業したばかりの頃は費用が少なかったことや、井上勝の「実用本位」の方針によるものでした。

1914年に開業した東京駅もトレイン・シェッドは設けられておらず、その理由としては、温暖な日本では気候に対する保護の必要性が低いこと、日本の石炭の煤がシェッド内に充満する可能性があること、シェッドが将来の拡張を妨げることなどが挙げられました。

近年では、JR西日本や四国、九州エリアを中心に、駅をランドマーク的なものに再開発する動きが盛んになり、大屋根を設置する駅が増えています。

二条駅、日向市駅、高知駅、旭川駅などでは、高架化とともにホームと線路を同時に覆う屋根が造られています。

大阪駅や甲子園駅などでは、駅改良工事に合わせて大屋根が設置されました。大阪駅では、南北のビル間に大屋根が設置されましたが、雨の吹き込み対策として、上屋を透明なものに付け替えることで対応しています。甲子園駅では、白球をイメージした大屋根が設置されました。

札幌駅では、屋根を駐車場として利用している例もあります。

新幹線の駅では、降雪地帯を中心に駅全体を覆う屋根が設置されている例が多いです。また、2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅では、全ホームを覆うトレイン・シェッドが採用されました。

おわりに

トレイン・シェッドは、単なる屋根としてだけでなく、都市の景観や鉄道の歴史を語る上で重要な存在です。その歴史、構造、そして文化的背景を知ることで、鉄道駅に対する理解を深めることができるでしょう。

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