万暦帝

万暦帝：明王朝の盛衰を映す皇帝

万暦帝（ばんれきてい）は、明朝第14代皇帝であり、その諱は翊鈞（よくきん）、廟号は神宗です。一般には治世の元号を取って万暦帝として知られています。彼の治世は、明王朝の繁栄と衰退が交錯する、複雑な時代でした。

生涯：栄光と転落

万暦帝は、隆慶帝の第三子として生まれ、10歳という若さで皇帝に即位しました。即位当初は、主席大学士（宰相）の張居正（ちょうきょせい）の補佐を受け、その卓越した手腕によって、税制改革や官僚制度の合理化が進められ、財政は大きく改善しました。また、万暦帝自身も張居正から厳しい教育を受け、その内容が厳格であったために、些細な間違いでも廷臣の前で叱責されることもありました。

しかし、万暦10年（1582年）に張居正が死去すると、万暦帝は親政を開始し、政治への関心が薄れていきます。寵姫である鄭貴妃（てい・きひ）を溺愛し、後継者問題で朝廷内が混乱しました。また、豊臣秀吉による朝鮮出兵の際には、宗主国として朝鮮を支援しましたが、その後の軍事作戦と官僚の腐敗により、国家財政は悪化しました。さらに、朝廷内では、東林書院を中心とする東林党と、宦官勢力と結びついた非東林党との間で激しい党争が繰り広げられ、宦官が跋扈するようになりました。また、満洲では女真族が力を増し、ヌルハチの下で明軍を破るなど、国難が続きました。

このような状況下でも、万暦帝は政治への関心を失い、国家財政を無視して個人の蓄財に励みました。官僚の欠員を補充せず、一時期は閣僚が一人しかいないという異常事態も発生しました。財政悪化への対策として、税監と呼ばれる宦官を全国に派遣し、民衆から厳しい搾取を行いましたが、民衆の反発が激しく、税監が殺害される事件も頻発しました。

一方で、万暦帝は私的な事柄には莫大な金を費やしました。特に鄭貴妃の子である福王（ふくおう）朱常洵（しゅ・じょうじゅん）を溺愛し、その結婚式のために巨額の費用を投じました。このような行いが民衆の恨みを買い、後に朱常洵は農民反乱軍によって殺害されました。晩年には、20年以上にわたり後宮に引きこもり、朝廷に姿を見せることはほとんどありませんでした。

評価：明王朝の退廃と文化の爛熟

万暦帝の治世は、明王朝の退廃と爛熟が同時に進行した時代でした。外国産の銀が大量に流入したことで経済は活況を呈し、文化的には最盛期を迎えました。特に景徳鎮では、万暦赤絵などの名品が数多く作られました。万暦帝自身も、この文化的な繁栄に満足していたようですが、明王朝の衰退は誰の目にも明らかでした。女真族の勢力が増大し、明王朝の滅亡は時間の問題でした。

また、万暦帝は、当時批判も多かった『本草綱目』を絶賛し、出版を支援したことで、中国本草学の発展に大きく貢献しました。

万暦帝の陵墓である定陵（ていりょう）は、1956年に発掘され、公開されました。これは、中国初の学術的な皇帝陵墓発掘であり、明代史研究に大きな進歩をもたらしました。しかし、当時の考古学技術が未熟であったため、発掘された文物の多くが損傷し、多くの教訓を残しました。その後、文化大革命期には、紅衛兵によって万暦帝の遺骸が焼却されるという悲劇も起こりました。

宗室

万暦帝は多くの后妃との間に、多くの子女をもうけました。

正室: 孝端顕皇后 王喜姐
長女: 栄昌公主 朱軒媖
側室: 皇貴妃王氏 (孝靖皇太后)
長男: 泰昌帝 朱常洛
四女: 雲夢公主 朱軒嫄
側室: 皇貴妃鄭氏 (孝寧太皇太后)
次男: 邠哀王 朱常漵
三男: 福恭王 朱常洵
四男: 沅懐王 朱常治
二女: 雲和公主 朱軒姝
六女: 霊丘公主 朱軒姚
七女: 寿寧公主 朱軒媁
側室: 皇貴妃李氏 (孝敬太皇太后)
六男: 恵王 朱常潤
七男: 桂端王 朱常瀛
側室: 端妃周氏
五男: 瑞王 朱常浩
側室: 栄妃王氏
三女: 静楽公主 朱軒嬀
側室: 徳妃許氏
側室: 順妃李氏
八男: 永思王 朱常溥
十女: 天台公主 朱軒媺
順妃常氏
昭妃劉氏
宜妃楊氏
側室: 僖妃王氏
側室: 和嬪梁氏
側室: 徳嬪李氏
五女: 仙居公主 朱軒姞
八女: 泰順公主 朱軒姫
九女: 香山公主 朱軒嬁
側室: 栄嬪李氏
側室: 慎嬪魏氏
側室: 敬嬪邵氏
側室: 順嬪張氏
側室: 悼嬪耿氏
側室: 侍御胡氏

登場作品

万暦帝は、様々な歴史ドラマにも登場しています。

『不滅の李舜臣』（韓国・2004年）演：チャン・タイソン
『大明王朝 〜嘉靖帝と海瑞〜』（中国・2006年）演：穆泓屹
「万暦首輔張居正」（中国・2010年、日本未公開）演：梅年佳(青年期)・王琦(少年期)
「大明嬪妃」（中国・2010年、日本未公開）演：趙家林

参考文献

山根幸夫、浜島敦俊、奥崎裕司、森川哲雄、細谷良夫 著、神田信夫 編『中国史 明〜清』 4巻、山川出版社〈世界歴史大系〉、1999年。ISBN 4634461803。

外部リンク

『万暦帝』 - コトバンク

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