世紀末芸術

世紀末芸術：19世紀末から20世紀初頭の芸術的ムーブメント

1890年代から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパを中心に隆盛を極めた「世紀末芸術」。幻想的、神秘的、そして退廃的な雰囲気を帯びた独特の様式美は、絵画、彫刻、建築、工芸、文学、音楽など、多様な芸術分野に大きな影響を与えました。しかしながら、世紀末芸術は特定の流派を指す言葉ではなく、時代精神を反映した、複数の芸術的傾向を包括する包括的な概念です。

各都市における世紀末芸術

世紀末芸術の中心地は、ロンドン、パリ、ウィーンなどヨーロッパの主要都市でした。各都市ではそれぞれ独自の芸術的潮流が生まれ、互いに影響を与え合いながら発展していきました。

ロンドンでは、オーブリー・ビアズリーの鋭いペン画やエドワード・バーン＝ジョーンズの美しい作品が注目を集め、オスカー・ワイルドの官能的な戯曲『サロメ』は、ビアズリーの挿絵とともに大きな成功を収めました。

パリでは、トゥールーズ＝ロートレックのポスター、アルフォンス・ミュシャの版画やポスター、エミール・ガレやドーム兄弟のガラス工芸などが革新的な表現として高く評価されました。絵画では、オディロン・ルドンの幻想的な作品やギュスターヴ・モローの神話に基づいた精緻な作品が人気を博しました。

ウィーンでは、グスタフ・クリムトの官能的で退廃的な絵画、オットー・ワーグナーの機能美を重視した建築が話題となりました。グスタフ・マーラーはウィーン宮廷歌劇場やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、フーゴ・フォン・ホーフマンスタールは若くして才能を開花させた詩人として知られました。

その他の都市でも、アントニ・ガウディ（スペイン）、アルノルト・ベックリン（スイス）、ジョヴァンニ・セガンティーニ（イタリア）、ジェームズ・アンソールやフェルナン・クノップフ（ベルギー）、エドヴァルド・ムンク（ノルウェー）など、多くの著名な芸術家が世紀末芸術に貢献しました。これらの芸術家は共通して、サロメやオルフェウスといった神話や伝説のモチーフ、あるいはニンフやメデューサといったエキゾチックな題材を好んで取り上げ、象徴的な表現を駆使した作品を制作しました。

「世紀末」の意味と時代背景

「世紀末」という言葉は、1886年にパリで上演された喜劇『ファン・ド・シエクル』の大成功以来、広く用いられるようになりました。この言葉は、19世紀末のヨーロッパにおける時代思潮を表現する際に用いられ、終末観、デカダンス（退廃）、スノビズム、懐疑主義などがその特徴として挙げられます。しかし、これらの特徴は突如として現れたものではなく、19世紀を通して徐々に蓄積されてきた文化的な傾向が、世紀末に顕在化したものと考えることができます。

19世紀初頭のロマン主義に内在していた世界苦や厭世的傾向は、写実主義や自然主義、象徴主義、耽美主義といった様々な芸術運動を経て、世紀末芸術に結実しました。世紀末は、様々な思想や芸術運動が交錯し、対立する時代でもありました。

1880年代のヨーロッパは、大英帝国、フランス、ドイツ帝国、オーストリア＝ハンガリー二重帝国など、多くの列強が国力の頂点に達していました。しかし、一方で、第二次産業革命による技術革新は社会構造を激変させ、都市の急速な拡大、マスメディアの発達など、劇的な変化をもたらしました。このような状況下で、楽観主義や進歩主義とともに、滅びの予感や文明に対する懐疑、科学万能主義への反感、官能的陶酔といった心性も広がっていきました。

未知の世界への探検も活発に行われ、アフリカ、中央アジア、極地などへの冒険は、ヨーロッパの人々に野生の世界や東洋世界への関心を高め、芸術にも影響を与えました。

新しい美の追求：アール・ヌーヴォーなど

世紀末芸術は、フランスでは「アール・ヌーヴォー」、イギリスでは「モダン・スタイル」、ドイツでは「ユーゲント・シュティール」などと呼ばれ、新しい美の創造を目指す運動として、大きな関心を集めました。これらの芸術運動は、国や地域によって名称が異なるものの、建築、工芸、ポスター、挿絵など様々な分野にわたって交流し、華麗な曲線模様を特徴とする新しい美学を追求しました。

イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動、フランスのナビ派、ベルギーの自由美学、ドイツの雑誌『ユーゲント』や『パン』などで活躍した芸術家たちが、この運動を担いました。また、分離派の運動も、伝統からの「分離」を標榜する点で、世紀末芸術の共通した傾向を示しています。ウィーン分離派は、グスタフ・クリムト、オスカー・ココシュカ、エゴン・シーレといった表現主義的な画家を輩出した一方、オットー・ワーグナーやアドルフ・ロースのような新しい建築家も輩出しました。

文学では象徴主義が隆盛を極め、ステファヌ・マラルメ、ポール・ヴェルレーヌ、アルチュール・ランボーといった偉大な詩人が活躍しました。ドイツでは、フリードリヒ・ニーチェが独自の哲学を展開しました。