交響曲第3番 (マーラー)

グスタフ・マーラー 交響曲第3番 ニ短調

グスタフ・マーラーが1895年から1896年にかけて作曲した交響曲第3番は、全6楽章から構成される壮大な作品です。演奏時間は約100分にも及び、マーラーの交響曲の中でも最長であり、かつては「世界最長の交響曲」としてギネスブックに掲載されていました。この曲は、アルト独唱、児童合唱、女声合唱を導入している点が特徴的です。

作曲の経緯

マーラーはハンブルク市立劇場の指揮者に就任後の1893年から、ザルツブルク近郊のシュタインバッハで夏を過ごすようになりました。この地で作曲小屋を建て、1896年までに交響曲第3番、交響曲第1番の改訂、交響曲第2番の完成、歌曲集『少年の魔法の角笛』を手がけました。シュタインバッハでの生活は規則正しく、午前中は作曲、午後は散策、夜は読書と会話に費やされました。読書ではドストエフスキー、ショーペンハウアー、ニーチェなどの思想や文学に触れ、自然科学にも関心を広げました。

1895年には弟の自殺という悲劇に見舞われましたが、この事件が交響曲第3番に直接的な影響を与えたわけではありません。しかし、人間の生死の葛藤というテーマに加え、自然賛歌的な内容を持つこの交響曲は、マーラーの目を自然界へと向けさせたきっかけの一つと考えられています。

交響曲第3番の作曲と標題

交響曲第3番は、1895年の夏に第2楽章から第6楽章が作曲され、翌1896年に第1楽章が完成しました。当初は7楽章構成でしたが、最後の楽章は交響曲第4番の第4楽章に転用されました。このため、第3交響曲の第5楽章と第4交響曲の第4楽章には同じ旋律素材が見られます。マーラーは作曲時に各楽章に標題を付していましたが、出版時にこれらはすべて削除されました。

当初、交響曲全体の標題は「幸福な生活－夏の夜の夢」とされ、その後「楽しい学問－夏の朝の夢」、「夏の真昼の夢」などと変遷しました。各楽章の標題も、作曲と並行して考えられており、音楽の内容と深く結びついています。以下は、マーラーが最終的に削除した標題です。

第一部

序奏　「牧神（パン）が目覚める」
第1楽章　「夏が行進してくる（バッカスの行進）」

第二部

第2楽章　「野原の花々が私に語ること」
第3楽章　「森の動物たちが私に語ること」
第4楽章　「夜が私に語ること」
第5楽章　「天使たちが私に語ること」
第6楽章　「愛が私に語ること」

ウィーン進出

マーラーは、ウィーンへの進出を図り、ブラームスとの知遇を得ようとしました。当時のウィーン楽壇はワーグナー派とブラームス派に二分されており、ワーグナー派に属するマーラーは、ブラームスから道徳的な支援を取り付けることに成功しました。交響曲第3番の第1楽章冒頭のホルンによる主題は、ブラームスの交響曲第1番や『大学祝典序曲』との関連が指摘されています。

しかし、マーラーの前に立ちはだかったのは、ワーグナーの反ユダヤ主義でした。ユダヤ人であるマーラーは、ウィーン進出のためにカトリックに改宗し、1897年にウィーン宮廷歌劇場の音楽監督に就任しました。

初演と楽譜

全曲が完成した1896年11月には、ベルリンでアルトゥール・ニキシュが第2楽章を指揮しました。1897年3月には、フェリックス・ワインガルトナーが第2、第3、第6楽章を指揮しました。全曲初演は1902年6月9日、クレーフェルトでマーラー自身の指揮で行われ、リヒャルト・シュトラウスの尽力によるものでした。初演は大成功を収め、マーラーは同年に4都市でこの曲を演奏し、翌年にはアムステルダムでも指揮しました。

1898年にワインベルガー社から、その後ウニヴェルザール出版社から楽譜が出版されました。1974年には、エルヴィン・ラッツ校訂による全集版が出版されています。

楽器編成

フルート4（すべてピッコロに持ち替え）、オーボエ4（4番はコーラングレに持ち替え）、クラリネット3（3番はバスクラリネットに持ち替え）、小クラリネット2（2番はクラリネットに持ち替え）、ファゴット4（4番はコントラファゴットに持ち替え）、ホルン8、ポストホルン、トランペット4（第6楽章でコルネットに持ち替え可）、トロンボーン4、チューバ、ティンパニ2（各3台ずつ）、大太鼓、小太鼓、軍隊用小太鼓、シンバル付き大太鼓、タンブリン、シンバル、トライアングル、タムタム、グロッケンシュピール、調律された鐘4ないし6、ハープ2、弦五部（合計88人）、アルト独唱、児童合唱、女声合唱

楽曲構成

全6楽章構成で、マーラーは第1楽章を第一部、第2楽章以下を第二部としていました。第1楽章は最後に作曲されましたが、後の楽章、特に第4楽章、第6楽章とは音楽の素材に直接の関連があります。

第1楽章

力強く、決然と（Kräftig. Entschieden.）ニ短調 4/4拍子 拡大されたソナタ形式。

演奏に30分以上を要することが多い長大な楽章です。8本のホルンによる第1主題は、ブラームスの交響曲第1番や『大学祝典序曲』との関連が指摘されます。金管や打楽器による行進曲のリズム、低弦の動機、トランペットの半音階的な動機が加わります。弦のトレモロの中でホルンが第2主題を奏で、興奮が静まると木管による第3主題が現れます。この部分が「目覚めるパン（牧神）」に当たると考えられます。

展開部では、ホルンの第2主題、低弦の動機、トランペットの動機が展開され、叙唱風のトロンボーン独奏や、ホルンとヴァイオリン独奏の絡み合いなどが現れます。再現部では、序奏部が縮小され、トロンボーン独奏による叙唱、第4主題、第3主題の順で再現され、ホルンで第1主題が現れ、曲は大きく高揚します。

第2楽章

テンポ・ディ・メヌエット きわめて穏やかに（Tempo di Menuetto. Sehr mäßig. Ja nicht eilen!）イ長調 3/4拍子 ABABAのロンド形式。

オーボエによる穏やかな主要主題で始まり、中間部ではリズムが変化し、めまぐるしい展開を見せます。主要主題は再現するたびにオーケストレーションが変化します。

第3楽章

コモド・スケルツァンド 急がずに（Comodo. Scherzando. Ohne Hast.）ハ短調 2/4拍子 複合三部形式。

ピッコロによる戯画的な主題で始まり、『少年の魔法の角笛』から「夏の歌い手交代」が引用されています。中間部ではポストホルンによる長い旋律が歌われ、神秘的な森の雰囲気が漂います。主部が再現しますが、ポストホルンが回想された後、鳥の声のような動機が繰り返され、曲は頂点に達します。

第4楽章

きわめてゆるやかに、神秘的に 一貫してppp（ピアニッシシモ）で（Sehr langsam. Misterioso. Durchaus ppp.）ニ長調 2/2拍子。

アルト独唱がニーチェの『ツァラトゥストラはこう語った』の「酔歌」から歌詞を歌います。オーケストラの間奏を挟み二部構成となっており、序奏などに現れる動機は第1楽章との関連が深いとされます。

第5楽章

快活なテンポで、大胆な表出で（Lustig im Tempo und keck im Ausdruck.）ヘ長調 4/4拍子 三部形式。

児童合唱が鐘の音を模した「ビム・バム」を繰り返し、アルトと女声合唱が『少年の魔法の角笛』の歌詞を歌います。「ビム・バム」の音型は、第1楽章のコラール風動機が原型です。中間部分では短調となり、アルトに導かれて、交響曲第4番の終楽章の重要な楽句が現れます。

第6楽章

ゆるやかに、安らぎに満ちて、感情を込めて（Langsam. Ruhevoll. Empfunden.）ニ長調 4/4拍子 変奏曲の要素を持つ自由なロンド形式。

弦楽合奏による美しい主要主題で始まり、副主題部、第1楽章小結尾の再現を経て、主要主題が復帰します。曲は次第に力を増し、全管弦楽による主要主題が壮大に展開され、感動的に全曲を締めくくります。

標題の変遷

マーラーは標題音楽が「低級なもの」と見なされる風潮を恐れて、最終的に標題をすべて削除しましたが、作曲と標題の構想は並行して進められ、曲の内容は標題と密接に関連しています。マーラーは自然を花や小鳥だけでなく、ディオニュソスや偉大な牧神のような存在として捉え、それらの声が曲に表現されていると述べています。

全体の標題

「幸福な生活－夏の夜の夢」、「悦ばしき知識」、「悦ばしき知識（楽しい学問）－夏の朝の夢」、「夏の真昼の夢」と変遷しました。この中の「悦ばしき知識」は、ニーチェの著作に由来します。

各楽章の標題

第1楽章：「森が私に語ること－岩山が私に語ること－牧神（パン）が目覚める、夏が行進してくる（ディオニュソスの行進）」
第2楽章：「草原の花々が私に語ること」
第3楽章：「夕暮れが私に語ること－森の獣が私に語ること」
第4楽章：「夜が私に語ること－人間が私に語ること」
第5楽章：「カッコウが私に語ること－朝の鐘が私に語ること－天使が私に語ること」
第6楽章：「愛が私に語ること・父様はぼくの傷口を見てくださる」
第7楽章：「子供が私に語ること・天上の生活」

マーラーの手紙による解題

マーラーは友人への手紙で、「この交響曲は、世界がまだ耳にしたことのないようなものだ。そこでは自然界全体が一つの声を得て、人が夢の中で予感することしかできないほどの奥深い秘密を物語るのだ」と述べています。また、第6楽章について、「愛が私に語ること」と名付けることができるとし、神がただ愛としてのみ把握されうるものだと述べています。

ニーチェの思想との関連

マーラーが第4楽章で歌詞として用いた『ツァラトゥストラはこう語った』や、曲全体の標題として考えていた『悦ばしき知識』など、交響曲全体がニーチェの思想と深い関連を持つと考えられています。特に、「ディオニュソスの行進」という標題が示唆するように、ディオニュソスという概念はニーチェの思想において重要な意味を持っています。

リヒャルト・シュトラウスとの比較

同じく『ツァラトゥストラはこう語った』を原作とした交響詩をリヒャルト・シュトラウスが作曲したのは、マーラーの交響曲第3番とほぼ同時期でした。シュトラウスの交響詩では、ティンパニの4度音程連打が印象的ですが、マーラーも同様に「酔歌」を題材にしながら、ティンパニの4度音程連打を用いて全曲を肯定的に終わらせている点が異なります。

歌詞（第4楽章・第5楽章）

第4楽章
(歌詞は省略)
第5楽章
(歌詞は省略)

参考文献

『最新 名曲解説全集 第2巻 交響曲2』音楽之友社、1998年。ISBN 4276010020。
『こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲』音楽之友社、1994年。ISBN 4276130727。

外部リンク

交響曲第3番の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト)
交響曲第3番表題・各楽章表記の変遷
* マーラーの交響曲第3番の合唱総譜 （PDF；第5楽章のみ） - CPDL: The Choral Public Domain Library)

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