北属期

北属期：ベトナムにおける中国支配の時代

北属期（ほくぞくき）とは、ベトナムが中国の複数の王朝による支配を受けていた時代を指します。一般的には、紀元前111年に前漢が交趾郡、九真郡、日南郡を設置した時から、939年に呉権が呉朝を建国するまでの期間を指します。ただし、紀元前2世紀に趙佗が南越を建国し、北ベトナムを支配した時代を含める場合もあります。

この時代は、ベトナム人にとって屈辱的な時代と捉えられていますが、同時に中国の文化や制度が流入し、社会構造に大きな変化をもたらした時期でもあります。

北属期の区分

北属期は、大きく3つの時期に区分されます。

第一次北属期: 紀元前111年 - 紀元39年
第二次北属期: 44年 - 544年
第三次北属期: 548年 - 939年

これらの時期を通じて、中国王朝はベトナムを直接または間接的に統治しました。しかし、その支配は必ずしも安定したものではなく、度々ベトナム人による反乱が発生しました。

第一次北属期

紀元前2世紀頃、南越が甌雒を併合し、その後、紀元前111年に漢によって南越が滅ぼされると、北ベトナムは漢の支配下に入ります。漢は交趾郡、九真郡、日南郡を設置し、これらの郡を合わせて交州としました。当初、漢は土着の封建勢力に統治を委ねる間接統治を行いましたが、徐々に漢の行政制度を導入し、直接支配を強化していきます。

漢の支配下では、官僚や商人が移住し、彼らは土着の勢力と結びついて支配階級を形成しました。しかし、漢の官僚による苛烈な搾取に対し、民衆の不満は高まりました。40年には、徴姉妹が反乱を起こしますが、後漢の将軍・馬援によって鎮圧され、漢の直接支配が確立されました。この反乱後、漢は行政制度を強化し、土着勢力の影響力を削ぎました。

第二次北属期

漢の支配が安定した後も、ベトナム人は重税や労役に苦しみ、反乱は度々発生しました。192年頃には、日南で区連が自立し、林邑（後のチャンパ王国）を建国します。この動きは、漢の支配領域の縮小を意味しました。その後、士燮が事実上独立した政権を樹立しましたが、彼の死後、呉によって再び支配されました。248年には、趙氏貞が反乱を起こしましたが、これも鎮圧され、ベトナム土着の封建支配者層による反乱は終焉を迎えます。

541年には、李賁が反乱を起こし、一時は皇帝を称するものの、南朝梁によって鎮圧されます。その後も、趙光復や李仏子らが抵抗を続けましたが、603年に隋によって反乱は鎮圧されました。

第三次北属期

隋の時代には、ハノイが新たな都城に定められ、唐の時代には安南都護府が設置されました。唐の支配下では、安南都護府は南海交易の拠点として機能しました。しかし、唐による支配は必ずしも安定したものではなく、度々反乱が発生しました。687年には李嗣先らが反乱を起こし、722年には梅叔鸞が「梅黒帝」を自称して大規模な反乱を起こしました。これらの反乱も鎮圧されましたが、唐の支配に対するベトナム人の抵抗は根強く残りました。

9世紀になると、唐の支配力が衰え、906年に曲承裕が節度使に任命され、ベトナムは一時的な自治を獲得しました。その後、曲氏政権は南漢によって滅ぼされますが、938年に呉権が白藤江の戦いで南漢軍を破り、翌939年に呉朝を建国し、北属期は終焉を迎えました。

文化的な影響

北属期は、ベトナムにとって屈辱的な時代であったと同時に、中国の文化や制度が流入し、社会構造に大きな変化をもたらした時代でもあります。中国の制度や文物が導入され、漢字や儒教、仏教、道教などが伝えられました。漢人の移住や土着化が進みましたが、ベトナム土着の文化も根強く残りました。例えば、ドンソン文化の銅鼓は、中国の青銅器文化と共に、この時期に共存していたことが考古学的調査によって明らかになっています。

北属期は、ベトナムの歴史において、支配と抵抗、文化交流が複雑に絡み合った時代であり、その後のベトナムの歴史と文化に大きな影響を与えました。

補足

この時代の文献史料は乏しく、考古学的資料の発見が待たれています。史料としては、ベトナムで編纂された史書や中国の正史、地理書などが挙げられます。発掘調査によって、南越の支配制度や後漢以降の行政拠点、ハノイの安南都護府時代の遺跡などが確認されています。

参考文献

石澤良昭、生田滋『東南アジアの伝統と発展』中央公論社〈世界の歴史13〉、1998年12月。
石澤良昭「東南アジア世界」『南アジア世界・東南アジア世界の形成と展開』岩波書店〈岩波講座世界歴史6〉、1999年7月。
小倉貞男『物語 ヴェトナムの歴史 一億人国家のダイナミズム』中央公論社〈中公新書〉、1997年7月。
宇野公一郎「北属期」『ベトナムの事典』同朋舎、1999年6月。
桜井由躬雄 著「紅河の世界」、石井米雄; 桜井由躬雄 編『東南アジア史1 大陸部』山川出版社〈世界各国史〉、1999年12月。
桜井由躬雄「南海交易ネットワークの成立」『原史東南アジア世界』岩波書店〈岩波講座 東南アジア史1〉、2001年6月。
山形眞理子; 桃木至朗「林邑と環王」『原史東南アジア世界』岩波書店〈岩波講座 東南アジア史1〉、2001年6月。
西村昌也「北属期」『新版 東南アジアを知る事典』平凡社、2008年6月。
ファン・ゴク・リエン監修 著、今井昭夫監訳, 伊藤悦子、小川有子、坪井未来子 訳『ベトナムの歴史 ベトナム中学校歴史教科書』明石書店〈世界の教科書シリーズ〉、2008年8月。
ベトナム社会主義共和国教育省編 編、吉沢南、古田元夫 訳『ベトナム』 1巻、ほるぷ出版〈世界の教科書=歴史〉、1985年8月。
西村昌也「北部ヴェトナム銅鼓をめぐる民族史的視点からの理解」『東南アジア研究』第46巻第1号、京都大学東南アジア研究センター、2008年6月、3-32頁。
西村昌也「ルイロウ城 : 紀元後1000年紀前半の紅河デルタの城郭とその周辺」『東南アジア史学会会報』第73巻、東南アジア学会、2000年10月、5-6頁、NAID 110003744409。

関連項目

文郎国

もう一度検索