南山巡狩録

南山巡狩録（なんざんじゅんしゅろく）

『南山巡狩録』は、江戸時代後期の文化6年（1809年）に大草公弼によって編纂された、南朝の歴史を中心とした編年体の史書です。書名の「巡狩」は、天子が領内を巡視することを意味しますが、本書では南朝の正統性を主張するために、後醍醐天皇が吉野に行幸したことを指しています。

概要

本書は、首巻、本編15巻、附録1巻、追加5巻、遺草3巻（遺草を含めない場合あり）の全25巻からなる大部な著作です。各編目の内容は以下の通りです。

首巻：編纂の意図や引用書目、凡例に加え、後醍醐天皇から後亀山院、そして高秀王、忠義王に至る南朝皇統の系図が収められています。
本編：元弘元年（1331年）の元弘の乱から元中9年（1392年）の南北朝合一までの南朝の歴史を編年体で詳細に記述しています。各項目には典拠が明記されています。
附録：南北朝合一後から長禄2年（1458年）の神器帰洛までの、後南朝と呼ばれる南朝皇胤の動向を記述しています。
追加：本編で典拠として使用した古文書を年代順に集録しています。中には、現在では原本が失われた貴重な資料も含まれています。
* 遺草：『新葉和歌集』や『李花集』などから南朝の君臣の和歌を集めたもので、詞書や作者に関する考察も加えられています。

また、長慶天皇の在位については、塙保己一の説に基づき、南朝三代説を採用しています。

編者と成立年代

編者である大草公弼は、江戸幕府の一旗本に過ぎませんが、その祖先が南朝の皇胤に随従したという伝承を持っており、南朝の歴史に関心を抱いていました。文化6年（1809年）8月の自序によれば、南朝の歴史には不明な点が多く、まとまった史書がないため、「正統之君、節義之臣」の事績が埋もれてしまうことを憂慮し、史料や文献を広く収集・吟味して本書を編纂したとされています。起稿は文化甲子（1804年）9月とされ、約5年の歳月を費やして完成したものの、史料収集などの準備にはそれ以前から長い年月をかけていたと考えられます。

本書は完成後まもなく幕府に献納され、公弼は時服として小袖2重を賜っています。

諸本

写本は比較的多く存在しますが、全巻揃ったものは限られています。主な写本として、国立国会図書館本、内閣文庫本、静嘉堂文庫本、宮内庁書陵部本、鹿児島大学玉里文庫本などが挙げられます。

刊本としては、明治14年（1881年）に『史籍集覧』に収録され、広く知られるようになりました。校訂者の近藤瓶城は、本書の労力と識見を高く評価しています。その後、明治33年（1900年）には『改定史籍集覧』にも収録され、復刻版が刊行されています。

評価

江戸時代には水戸学派の影響で南朝正統論が盛んになり、『桜雲記』や『南方紀伝』などの南朝に関する編年史が作られました。しかし、本書のように各項目に典拠を示し、史実を厳密に検証しようとする姿勢は画期的であり、史書としての高い価値を持っています。首巻の引用書目からは、当時入手可能であった史料の大部分を網羅していることがわかります。また、各史料に対する批判や取捨選択も厳密であり、近代以降の南北朝正閏論にも影響を与えています。

特に、追加編に収録された古文書は、南朝の歴史を研究する上で欠かせない史料となっています。これらの古文書は『南狩遺文』と合わせて、今日でも貴重な情報を提供しています。

『南山巡狩録』は、南北朝時代の研究における重要な資料として、高く評価されています。

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