南方紀伝

『南方紀伝』とは

『南方紀伝』（なんぽうきでん）は、南北朝時代における南朝の興亡と、その後胤である後南朝の動向を記した史書・軍記です。江戸時代前期に成立したと考えられていますが、作者は特定されていません。書名に「紀伝」とありますが、実際には天皇の伝記のような形式ではなく、編年体で構成されています。

概要

本書は、元弘元年（1331年）の元弘の乱から、長禄2年（1458年）の赤松家再興までを、南朝側の視点から編年体で記述しています。巻の構成は諸本によって異なりますが、五巻本が原型とされています。各巻の内容は以下の通りです。

巻一：元弘元年（1331年）～興国元年（1340年）
巻二：興国2年（1341年）～正平21年（1366年）
巻三：正平22年（1367年）～弘和2年（1382年）
巻四：弘和3年（1383年）～応永34年（1427年）
巻五：正長元年（1428年）～末尾

ただし、現存するどの写本も、興国6年（1345年）から正平21年（1366年）までの22年間の記述が欠落しており、代わりに「関城書」や「宗良親王紀行」が補われています。この特徴から、本書の成立過程を考察する上で重要な手がかりとなります。

古文書や和歌を適宜引用している点は『桜雲記』と同様ですが、本書は南朝の歴史的連続性よりも、史実の集積に重点を置いている点が異なります。そのため、室町幕府や有力守護大名の動向についても言及が多く、実録的な通史としての性格が強いと言えるでしょう。

作者と成立年代

『南方紀伝』の作者や成立事情については、序文や跋文がなく不明です。彰考館本の奥書に北畠親顕自筆本の写しであると記されていますが、これは疑わしいとされています。

成立時期については、『桜雲記』との関係で議論があります。『桜雲記』先行説では、『続本朝通鑑』に本書が引用されていないこと、また『通鑑』と一致する記述が多いことから、『続本朝通鑑』成立の寛文10年（1670年）が上限、元禄後期（1700年頃）が下限と考えられています。一方、『南方紀伝』先行説では、『通鑑』よりも年紀の誤りが多いことなどから、成立は寛文10年以前、『桜雲記』よりも先行する可能性が高いとされています。

近年では、成立過程に関する新たな仮説も提唱されています。それによると、『太平記』の後を継ぐ形で巻三以降が先に成立し、その後、元弘の乱までを範囲に広げて巻一が加筆されたものの、巻二は史料が十分に整理されず、未完成のまま終わったのではないかと考えられています。この説に従うと、現存する形になるまでに、複数の作者によって何段階かの追補・改訂が行われた可能性があります。

諸本

写本は非常に多く、70本以上が現存しています。大きく分けると真名本と仮名本（仮名交じり本）の2系統があり、内容は大差ありませんが、真名本の方が簡潔で古態を残しているとされています。主な真名本の写本としては、彰考館本、内閣文庫本、東大史料編纂所本などが挙げられます。

翻刻されたテキストは、『改定史籍集覧3』に真名本が、『百万塔4』と『日本歴史文庫1』に仮名本が収録されています。

評価

『南方紀伝』は、同じく南朝史を扱った『桜雲記』と比較されることが多いです。『桜雲記』に比べて歴史記述の多様性は増していますが、文学的な表現は控えめです。そのため、軍記物語というよりは、歴史書としての性格が強いと言えるでしょう。

年紀の誤りや矛盾が見られるため、史料として扱う際には注意が必要ですが、すでに散逸してしまった史料に基づくと思われる記事も含まれており、研究上貴重な資料です。また、近世において『太平記』講釈が流行したことで、南朝史への関心が高まった状況を知る上でも重要です。

『南方紀伝』と『桜雲記』の編纂方針や依拠関係については、さらなる研究が待たれます。

参考文献

平田俊春「神皇正統記著作の対象と目的―学説の展開とその批判―」（『神皇正統記の基礎的研究』 雄山閣出版、1979年）
安井久善「『南方紀伝』再考」（『商学集志 人文科学編』第19巻第1号 日本大学商学研究会、1987年8月）
安井久善「桜雲記と南方紀伝」（『語文』第70輯 日本大学国文学会、1988年3月）
勢田道生「『南方紀伝』・『桜雲記』の成立時期の再検討」（『語文』第91輯 大阪大学国語国文学会、2008年12月）
勢田道生「『南方紀伝』の伝本からみる諸本研究の可能性」（『軍記と語り物』第50号 軍記・語り物研究会、2014年3月）

関連項目

『細々要記』
『浪合記』
『吉野拾遺』
『桜雲記』
新葉和歌集
浅羽成儀
伊勢記 (神戸能房の著作)
南朝編年記略

外部リンク

『南方紀伝（改定史籍集覧）』 - Google ブックス
『南方紀伝（百万塔）』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
『南朝紀伝（日本歴史文庫）』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
『南朝記（光丘文庫本）』 - 国文学研究資料館のデジタル資料
* 南方紀伝（南帝王の杜） - 元中9年（1392年）以降の記事の現代語訳

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