尾形源治
尾形源治は、明治から昭和にかけて日本の柔道界で重要な足跡を残した人物です。1892年9月9日に山形県山形市で生を受け、1978年8月6日に85歳でその生涯を終えました。講道館より柔道九段を授与された彼は、卓越した柔道技術と、指導者としての情熱で知られています。
柔道との出会いは、幼少期に遡ります。山形第三小学校高等科の生徒だった頃、友人から見せてもらった柔術の技に強い衝撃を受けました。小柄な友人が、自分より大きな同級生をいとも簡単に投げ飛ばす光景は、彼に柔術（柔道）への深い興味を抱かせたのです。
旧制山形中学校（現在の県立山形東高校）に入学すると、尾形は本格的に柔術の修行を開始しました。新庄藩の柔術師範の子息、天野竜太郎氏の門を叩き、汲心流の「はりま投げ」や「絞技」といった技を習得します。中学三年生の頃には、大日本武徳会山形支部の大会で来県していた磯貝一の鮮やかな柔道技に魅了され、柔道を専門的に学ぶことを決意しました。
1911年、武徳会武道専門学校（武専）が創設され、磯貝一が教授を務めると知った尾形は、貧しい家計ながらも両親に懇願し、第一期生として武専に入学します。ここでの同窓生には、後に「鬼瓦」の異名を取る倉田太一らがいました。武専での厳しい鍛錬を通じて、尾形は自身の柔道スタイルを確立していきます。
彼の柔道の特色は、非常に多彩な技の使い手であったことです。立技では背負投、体落、釣込腰、大外刈、跳腰、払腰、巴投、浮技などを自在に操り、どの技も相手を確実に一本に仕留めるだけの威力を持っていました。寝技においても、固技、絞技、関節技の変化に富み、特に絞技を得意としていました。尾形は絞技の極意を「相手の背後から首に紐を巻きつけるが如し」と表現し、「どんな大男や力持ちでも、子供に紐で絞められれば気絶する。これが柔道における絞技の大きな利点である」と説いています。武専二年次には、寝技の稽古中に主任教授である磯貝一を実際に絞め落としたという逸話も残されています。
武専在学中の夏休み、東京の講道館を訪れた際、武徳会で二段だった尾形は、講道館の稽古に白帯で参加しました。初日の乱取で慶応大学の黒帯の学生を横捨身技で投げ、相手に怪我を負わせてしまうアクシデントがありました。その後も、白帯の尾形が黒帯の選手を次々と投げ飛ばす実力を見た宗像逸郎監事の計らいで、体の大きな二段位の者との乱取が行われました。この稽古は互いに譲らず引き分けに終わりましたが、翌日には「尾形源治 右は二段に編入す」という貼り紙が道場に掲示されたといいます。これは、講道館が彼の柔道の実力をいかに高く評価したかを示す出来事です。
1914年に武専を卒業後、同校の助手、助教を務め、さらに日本大学皇道学院や講道館高等柔道教員養成所でも柔道を深めます。この頃三段だった尾形は、講道館の紅白試合に白軍の大将として出場。相手方の紅軍には、駒井重次、鯨岡喬、桜庭武、小田常胤といった強豪が四人も残っていましたが、尾形は鮮やかな技で次々と三人を抜き去る快進撃を見せます。四人目の相手、寝技の達人として知られる小田常胤との対戦では、寝技の攻防の末に逆転の一本負けを喫しましたが、この大会での活躍により、「京都に尾形あり」との名声が柔道界に広く知れ渡りました。
武専を辞任後、三重県警察部の師範を務めましたが、1920年には故郷山形へと戻り、旧制山形高等学校や母校の山形中学校、大日本武徳会山形支部などで指導にあたりました。1921年には柔道教士の称号を拝受しています。
1929年5月に開催された御大礼記念天覧武道大会は、柔道家にとって最高の栄誉とされる舞台でした。尾形は指定選士の一人に選ばれ出場します。この大会では、往年の名選手たちが次々と敗退する中、37歳の尾形は決勝トーナメント進出を決め、古豪の中で唯一奮闘しました。決勝トーナメント準々決勝では、名人・三船久蔵の高弟、佐藤金之助六段と対戦。試合中、尾形の横捨身技が決まった際に両者が顔面を激突させ、尾形は左目の上に裂傷を負いました。救護室で手当を受け、片目を包帯で覆われた状態でしたが、尾形は医師の制止を振り切って試合場に戻ります。再開後の激しい攻防の末、寝技で抑え込まれ一本負けを喫しましたが、怪我をおして試合を続けた理由について、「山形駅で見送ってくれた教え子たちの感激に満ちた目が忘れられなかった。勝利を祈ってくれている弟子たちのために、たとえ片目でも戦い続けなければならないと決心した」と語り、師としての深い愛情と責任感を示しました。
翌1930年11月、講道館主催の第一回全日本選士権大会が開催されました。専門成年前期の部に出場した尾形は順調に勝ち上がり、優勝候補の徳三宝を破って勢いに乗る宇土虎雄と決勝で対戦。一時間に及ぶ激闘の末、優勢勝ちを収め、38歳にして初代日本一の座に輝きました。稽古相手に恵まれにくい環境の中で、独自の厳しい鍛錬を積んだ彼は、全日本選士権を制した頃も25歳当時の体格（体重86kg）を維持していたといいます。
全日本選士権制覇後も、尾形は故郷山形を拠点とし、柔道の普及と後進の育成に尽力しました。1946年には桜武会道場を開設し、山形県の柔道界の発展に貢献。山形県有段者会副会長や山形県柔道連盟顧問などを歴任しました。1962年には、長年の功績が認められ講道館九段に昇段しました。晩年には、自身の柔道人生を振り返った『柔道修業七十年の回顧と絵画』を出版し、趣味であった水彩画も披露しています。80歳を超えてもなお柔道指導を続けた尾形源治は、文字通り山形柔道界の大家として、多くの人々に慕われました。
柔道との出会いは、幼少期に遡ります。山形第三小学校高等科の生徒だった頃、友人から見せてもらった柔術の技に強い衝撃を受けました。小柄な友人が、自分より大きな同級生をいとも簡単に投げ飛ばす光景は、彼に柔術（柔道）への深い興味を抱かせたのです。
旧制山形中学校（現在の県立山形東高校）に入学すると、尾形は本格的に柔術の修行を開始しました。新庄藩の柔術師範の子息、天野竜太郎氏の門を叩き、汲心流の「はりま投げ」や「絞技」といった技を習得します。中学三年生の頃には、大日本武徳会山形支部の大会で来県していた磯貝一の鮮やかな柔道技に魅了され、柔道を専門的に学ぶことを決意しました。
1911年、武徳会武道専門学校（武専）が創設され、磯貝一が教授を務めると知った尾形は、貧しい家計ながらも両親に懇願し、第一期生として武専に入学します。ここでの同窓生には、後に「鬼瓦」の異名を取る倉田太一らがいました。武専での厳しい鍛錬を通じて、尾形は自身の柔道スタイルを確立していきます。
彼の柔道の特色は、非常に多彩な技の使い手であったことです。立技では背負投、体落、釣込腰、大外刈、跳腰、払腰、巴投、浮技などを自在に操り、どの技も相手を確実に一本に仕留めるだけの威力を持っていました。寝技においても、固技、絞技、関節技の変化に富み、特に絞技を得意としていました。尾形は絞技の極意を「相手の背後から首に紐を巻きつけるが如し」と表現し、「どんな大男や力持ちでも、子供に紐で絞められれば気絶する。これが柔道における絞技の大きな利点である」と説いています。武専二年次には、寝技の稽古中に主任教授である磯貝一を実際に絞め落としたという逸話も残されています。
武専在学中の夏休み、東京の講道館を訪れた際、武徳会で二段だった尾形は、講道館の稽古に白帯で参加しました。初日の乱取で慶応大学の黒帯の学生を横捨身技で投げ、相手に怪我を負わせてしまうアクシデントがありました。その後も、白帯の尾形が黒帯の選手を次々と投げ飛ばす実力を見た宗像逸郎監事の計らいで、体の大きな二段位の者との乱取が行われました。この稽古は互いに譲らず引き分けに終わりましたが、翌日には「尾形源治 右は二段に編入す」という貼り紙が道場に掲示されたといいます。これは、講道館が彼の柔道の実力をいかに高く評価したかを示す出来事です。
1914年に武専を卒業後、同校の助手、助教を務め、さらに日本大学皇道学院や講道館高等柔道教員養成所でも柔道を深めます。この頃三段だった尾形は、講道館の紅白試合に白軍の大将として出場。相手方の紅軍には、駒井重次、鯨岡喬、桜庭武、小田常胤といった強豪が四人も残っていましたが、尾形は鮮やかな技で次々と三人を抜き去る快進撃を見せます。四人目の相手、寝技の達人として知られる小田常胤との対戦では、寝技の攻防の末に逆転の一本負けを喫しましたが、この大会での活躍により、「京都に尾形あり」との名声が柔道界に広く知れ渡りました。
武専を辞任後、三重県警察部の師範を務めましたが、1920年には故郷山形へと戻り、旧制山形高等学校や母校の山形中学校、大日本武徳会山形支部などで指導にあたりました。1921年には柔道教士の称号を拝受しています。
1929年5月に開催された御大礼記念天覧武道大会は、柔道家にとって最高の栄誉とされる舞台でした。尾形は指定選士の一人に選ばれ出場します。この大会では、往年の名選手たちが次々と敗退する中、37歳の尾形は決勝トーナメント進出を決め、古豪の中で唯一奮闘しました。決勝トーナメント準々決勝では、名人・三船久蔵の高弟、佐藤金之助六段と対戦。試合中、尾形の横捨身技が決まった際に両者が顔面を激突させ、尾形は左目の上に裂傷を負いました。救護室で手当を受け、片目を包帯で覆われた状態でしたが、尾形は医師の制止を振り切って試合場に戻ります。再開後の激しい攻防の末、寝技で抑え込まれ一本負けを喫しましたが、怪我をおして試合を続けた理由について、「山形駅で見送ってくれた教え子たちの感激に満ちた目が忘れられなかった。勝利を祈ってくれている弟子たちのために、たとえ片目でも戦い続けなければならないと決心した」と語り、師としての深い愛情と責任感を示しました。
翌1930年11月、講道館主催の第一回全日本選士権大会が開催されました。専門成年前期の部に出場した尾形は順調に勝ち上がり、優勝候補の徳三宝を破って勢いに乗る宇土虎雄と決勝で対戦。一時間に及ぶ激闘の末、優勢勝ちを収め、38歳にして初代日本一の座に輝きました。稽古相手に恵まれにくい環境の中で、独自の厳しい鍛錬を積んだ彼は、全日本選士権を制した頃も25歳当時の体格（体重86kg）を維持していたといいます。
全日本選士権制覇後も、尾形は故郷山形を拠点とし、柔道の普及と後進の育成に尽力しました。1946年には桜武会道場を開設し、山形県の柔道界の発展に貢献。山形県有段者会副会長や山形県柔道連盟顧問などを歴任しました。1962年には、長年の功績が認められ講道館九段に昇段しました。晩年には、自身の柔道人生を振り返った『柔道修業七十年の回顧と絵画』を出版し、趣味であった水彩画も披露しています。80歳を超えてもなお柔道指導を続けた尾形源治は、文字通り山形柔道界の大家として、多くの人々に慕われました。
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