広南国

広南国：阮氏によるベトナム中南部の支配

広南国（クァンナムこく）は、16世紀後半から18世紀にかけて現在のベトナム中南部を支配した阮氏による半独立政権です。後黎朝の中興期において、重臣であった阮氏が勢力を拡大し、独自の支配体制を築きました。この政権は、阮氏広南国や広南朝、または阮主とも呼ばれています。

広南国成立の背景

16世紀初頭、莫朝が後黎朝に代わって成立すると、後黎朝の重臣であった阮氏と鄭氏は黎朝復興を目指しました。しかし、鄭氏が次第に権力を掌握し、阮氏は南へ移動し、南部における事実上の支配者となりました。これが広南国の始まりです。

当時の口語では「ダンチョン（塘中）」と呼ばれ、他国からは「広南」として知られていました。広南国は形式上は後黎朝の臣下でしたが、皇帝を擁する鄭氏とは度々戦い、周辺国からは独立国として認識されていました。阮氏による長期の南部支配は、チャンパやカンボジアへの南進を促進しました。

広南国の歴史

前史

広南阮氏の祖は、清華（現在のタインホア）で強大な勢力を持っていた氏族です。阮廌が後黎朝の初代皇帝である黎利の対明独立戦争を支援したことで、阮氏は大越で最も地位の高い貴族の一族となりました。後黎朝の二世皇帝である太宗の皇后、阮氏英は、幼くして即位した三世皇帝の摂政として国政を担いました。

1527年、莫登庸が帝位を簒奪し莫朝を樹立すると、阮氏と鄭氏は後黎朝復興を掲げ反旗を翻しました。阮氏は紅河以南を支配しましたが、莫朝の東都（現在のハノイ）を攻略することはできませんでした。この時期、阮氏を率いたのは阮淦であり、彼の娘は鄭氏の当主である鄭検に嫁いでいました。

1533年、阮淦は後黎朝の血筋を引く黎寧を擁立し、明に莫登庸の簒奪を訴えましたが、明は莫登庸を安南都統使に封じ、戦乱が続きました。1545年、阮淦は毒殺され、後継者争いの末、主導権は鄭氏に移りました。

広南国の成立

1558年、阮淦の弟である阮潢は、清華から遥か南の里州（現在のクアンビン省・クアンナム省）の鎮守に任じられ、北部から事実上追放されました。阮潢は富春（現在のフエ）を拠点に、じわじわと南部への支配を広げていきました。鄭氏が北部で戦乱に対応している間、阮潢は広南を安定させ、南部の支配者として振る舞いました。これが広南国の始まりです。

1592年、鄭松が東都を奪還し、莫朝を滅ぼしましたが、阮潢は鄭氏の専横を認めず、1600年には後黎朝との関係を断絶しました。1613年に阮潢が亡くなるまで、この不安定な情勢が続きました。阮潢の南部統治は55年に及び、その後の150年にわたる阮氏による南部支配を決定づけました。

阮潢の後を継いだ阮福源は、東都の朝廷からの独立性を保つ方針を継続しました。阮福源はヨーロッパ人との交流を深め、ポルトガルとの貿易所を会安（現在のホイアン）に設けました。1615年には、ポルトガル人技術者の協力のもと、青銅製の大砲を製造しました。1620年に敬宗が鄭松に自決させられると、阮福源は神宗を正式に認めないと宣言し、南部からの税を納めることを拒否しました。1627年、鄭氏の当主である鄭梉との間で、ついに戦争が勃発しました。

鄭梉は支配領域と人口で有利でしたが、阮福源は防衛に徹し、ヨーロッパの技術を導入して洋式兵器を製造しました。また、中北部の地形が阮氏に味方し、鄭氏の攻撃を幾度も撃退しました。1673年に和約が結ばれましたが、これにより南北分断時代が100年続くことになりました。

南進政策

広南国は、鄭氏との戦いと並行して、南部への支配拡大も進めていました。1620年、阮福源の娘がカンボジアの王に嫁ぎ、1623年にはクメール人の居住地であったプレイノコール（現在のホーチミン市）への移民を公式に認めました。

1681年、明の遺臣を名乗る楊彦迪らの船隊が広南国へ亡命を申し出、メコンデルタへの入植が進められました。1714年、広南国はカンボジアの内紛に介入し、シャムとの戦いに勝利し、多くの領土を獲得しました。1739年には、カンボジアが失地を奪還しようとしましたが、広南国は撃退に成功しました。1755年には、カンボジア征服を試み、プノンペンを脅かしました。この頃、河僊の華人勢力の協力もあり、広南国は弱体化したカンボジアから多くの領土を得ました。

1769年には、シャムとの間で再び戦争が勃発しましたが、広南国は敗北しました。1773年には、後述する内乱の影響でカンボジア戦線から撤退せざるを得なくなりました。

広南国の滅亡

1771年、カンボジアでの敗戦と重税を原因とする農民反乱（西山党の乱）が起こり、西山軍は広南国を侵略しました。1774年には、鄭氏が100年の休戦を破って侵攻し、広南国の拠点を陥落させました。阮氏一族は嘉定に逃れましたが、1777年には嘉定も陥落し、阮福映を除いて処刑され、広南国は滅亡しました。

再興から阮朝へ

阮福映は、故地の回復を目指し、1780年にシャムの力を借りて西山軍と戦いました。しかし、タークシン王が殺害され、シャム軍が撤退したため、阮福映は各地を転々としました。阮福映は、後にフランスの援助を得ようとしましたが失敗し、再度シャムの援助を受けましたが大敗しました。それでも諦めず、西山朝の内紛や、ヨーロッパ人・少数民族・チャム人の支援を受けて、1788年に嘉定を奪還し、1799年には帰仁、1801年には富春を占領し、翌年に阮朝を樹立しました。そのため、広南阮氏の一族は、後世になって多くの諡号を贈られました。

他国との関係

広南国は、鄭氏とは対照的にヨーロッパ諸国との貿易や交流に積極的で、洋式兵器を導入しました。また、明や日本との間でも大規模な貿易を行いました。本拠地である富春の南約100kmに位置する会安には、日本人街と中国人街が設けられ、交易で賑わっていました。

日本との関係

1601年、徳川家康は広南国の阮潢に書簡を送っており、朱印船貿易により多くの日本船が広南国を訪れました。阮福源の養女が、長崎の商人である荒木宗太郎に嫁いでいます。1728年には、広南国出身とされる象「広南従四位白象」が将軍徳川吉宗に献上されました。

ポルトガルとの関係

1615年、ポルトガルは会安に貿易所を設立しました。しかし、鄭阮紛争が終結すると洋式武器の需要は減少し、貿易所の規模は拡大しませんでした。

フランスとの関係

1640年、イエズス会士のアレクサンドル・ドゥ・ロードが富春を訪問し、カトリックの布教活動を行いました。しかし、3代目当主の阮福瀾により国外追放処分となりました。

歴代阮主

以下に広南国の歴代阮主を列挙します。

僊主・阮潢 (1558年–1613年)
仏主・阮福源 (1613年–1635年)
上主・阮福瀾 (1635年–1648年)
賢主・阮福瀕 (1648年–1687年)
義主・阮福溙 (1687年–1691年)
明主・阮福淍 (1691年–1725年)
寧王・阮福澍 (1725年–1738年)
武王・阮福濶 (1738年–1765年)
定王・阮福淳 (1765年–1777年)
副王・新政王 阮福暘 (1776年–1777年)

広南国は、ベトナムの歴史において重要な役割を果たし、その後の阮朝の成立へと繋がる重要な歴史的転換点となりました。

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