日本移動演劇連盟

日本移動演劇連盟とは

日本移動演劇連盟は、1941年 6月9日に大政翼賛会大会議室で結成された、戦時下の日本の国策演劇団体です。委員長には、当時大政翼賛会文化部長であった岸田国士が就任しました。この団体は、戦時下の労働者、農民、漁民といった人々を励ますことを目的とし、工場、炭鉱、農村、漁村、山村など、全国各地を巡回して演劇や演芸を上演しました。

結成の背景と目的

連盟が結成された背景には、戦時体制下における国民の戦意高揚と生産力増強という目的がありました。食糧や燃料、鉄鋼などの増産に励む人々を励まし、士気を高めるため、演劇や演芸といった娯楽が利用されました。移動演劇というスタイルは、もともと予算が少なく、大規模な動員力のない軽演劇、大衆演劇、プロレタリア演劇運動の一部のグループなどで培われてきたものでした。

移動演劇のスタイル

移動演劇のスタイルは、運搬可能な舞台装置と小編成のアンサンブルを特徴としています。これは、都市の劇場での公演が困難になった状況下で、地方巡業や慰問活動を行うための必然的な選択でした。戦争の進行に伴い、当局の弾圧や劇場の閉鎖が相次ぎ、興行会社や劇団、演劇人たちは地方巡業や慰問活動に活路を見出しました。

連盟の活動

1941年の結成当初、連盟には松竹、東宝、吉本などの7つの移動演芸・移動演劇団が加盟しました。その後、宇野重吉、信欣三、北林谷栄らの「瑞穂劇団」、文学座、文化座、前進座、井上正夫の井上演劇道場なども参加しました。1942年には社団法人化され、その活動はさらに拡大しました。

連盟は、各劇団を移動演劇隊へと改組させ、その活動を統制しました。最後まで劇団の移動演劇隊への改組に抵抗していた苦楽座、俳優座も、それぞれ「桜隊」、「芙蓉隊」と強制的に改称させられ、移動演劇に移っていきました。1942年の観客動員数は222万人、1943年は298万人、1944年には458万人と、その規模は拡大していきました。

桜隊の悲劇

移動演劇の公演と「劇団疎開」のために広島市内に駐在していた「桜隊」の9名は、1945年 8月6日の広島への原爆投下により亡くなりました。この悲劇は、戦時下の演劇活動の過酷さを象徴する出来事として、後世に語り継がれています。

各劇団の活動

連盟に加盟していた各劇団は、それぞれの特色を活かしながら、移動演劇活動を展開しました。

文学座: 岸田國士が創立に関わった文学座は、1941年8月、川崎市の工場や横須賀の海軍病院などを皮切りに移動演劇を開始しました。当初はチェーホフの翻訳劇なども上演していましたが、次第に時局に応じた演目を加えていきました。1944年には、傷痍軍人慰問、貯蓄奨励、優良農村感謝激励などの名目で公演を行いました。
前進座: 情報局が設置した「移動芸能動員本部」のスケジュールに従い、二班に分かれて地方を巡回しました。一班は八幡製鉄所や大阪朝日会館、もう一班は東京近郊を巡回しました。1945年からは都市の劇場公演を中止し、東北、東海、北陸、長野県下などを巡りました。

戦後の日本移動演劇連盟

敗戦後、文学座は疎開先から東京に戻り、1945年11月には日本移動演劇連盟の指示下で公演を行いました。また、文部次官の通達により、公民館の運営において協力すべき文化団体の一つとして、日本移動演劇連盟の名前が挙げられています。このことから、敗戦後もしばらくの間、連盟は存続していたことが伺えます。

一方、前進座は、敗戦後いち早く日本移動演劇連盟から離れ、1945年から翌年にかけて三回の帝劇公演を実現しました。1946年からは、全国の学校講堂や公会堂、工場を巡回する公演を「青年劇場運動」として開始し、短期間で50万人前後の観客を動員する成功を収めました。この活動には、連盟で舞台装置の研究に取り組んだ伊藤熹朔の機動性に富んだ装置が活用されました。

日本移動演劇連盟の影響

日本移動演劇連盟は、戦時下の演劇活動を統制し、国民の戦意高揚に貢献した一方で、その活動は日本の演劇史に大きな影響を与えました。戦後の「青年劇場運動」に見られるように、移動演劇のスタイルは、戦後の演劇運動にも受け継がれ、その後の日本の演劇界の発展に貢献しました。

日本移動演劇連盟