横山長次郎

横山長次郎：日本初の酸糖化法によるブドウ糖生産事業化

横山長次郎（よこやま ちょうじろう）は、日本の近代製鉄の先駆者である横山久太郎の長男として1880年（明治13年）に生まれました。彼は参松工業を設立し、日本で初めて酸糖化法によるブドウ糖生産の事業化に成功した人物です。

生涯

父・横山久太郎は、当時田中商店の横須賀支店支配人として勤務しており、日本の鉄鋼業の発展に強い情熱を持っていました。久太郎は、釜石鉱山田中製鉄所の設立に尽力し、1887年（明治20年）には初代所長に任命され、長きにわたりその職を務めました。長次郎は、幼少期を釜石で過ごした後、慶應義塾大学部理財科に進学。そこで従兄弟の田中長一郎と共に庭球部を創設しました。また、元塾長の小泉信吉の夫人・千賀に見込まれ、後にその二女・勝を妻としました。

大学卒業後、長次郎は日本勧業銀行に2年間勤務し、実務経験を積んだ後、ハーバード大学へ留学。冶金学などを学びました。帰国後は、釜石鉱山田中製鐵所に入り、父を補佐しました。日露戦争後、日本の重工業界が不振に陥ると、長次郎は海外への販路開拓を目指し、1906年（明治39年）6月には事務長としてアメリカ西海岸へ渡りました。シアトル近郊の工場で釜石の銑鉄を試供したところ、高い評価を得て、翌年にはコークス銑200トンを輸出するに至りました。

1909年（明治42年）には、長次郎の主導で釜石に謡曲会が組織され、時には仙台や東京から師範を招いて稽古を重ねました。同年、鉱山内に試験所を設け、亜鉛精錬の研究にも力を注ぎました。

その後、東京帝大教授であった義兄・松本烝治を介して、帝国大学農科大学の鈴木梅太郎と出会い、鈴木の酸糖化法の話に感銘を受けます。「自分ノ仕事トシテ何カ先人未踏ノモノヲ目論見タシ」と考えていた長次郎は、鉱山を離れ、酸糖化法によるブドウ糖生産を生涯の仕事とすることを決意しました。

1916年（大正5年）、36歳の時に深川区に工場を建設し、資本金5万1500円で「参松合資会社」を設立。外国の文献などを参考に試行錯誤を重ねた結果、1917年、ついに酸糖化法によるブドウ糖生産の事業化に日本で初めて成功しました。1918年（大正7年）には、北海道鑛業鐵道株式会社の取締役となり、1925年（大正14年）まで在任。1919年（大正8年）には、体調を崩した父・久太郎に代わり、三陸汽船の社長に就任し、1931年（昭和6年）に釜石製鉄所の第二代所長である中大路氏道と交代するまでその職を務めました。また、1919年（大正8年）頃からは、鈴木梅太郎が所属する理化学研究所が開発した理研酒用のブドウ糖製造を手掛け、それが参松の主力商品となりました。

1921年（大正10年）、41歳で家督を相続。父・久太郎は翌年、釜石の製鉄所を気にかけながら東京の別邸で亡くなりました。1923年（大正12年）9月、関東大震災により深川区の参松の工場が全焼しましたが、従業員は全員無事でした。その後、原材料の調達で縁があった千葉県に新工場を建設し、翌年5月から操業を開始しました。1924年（大正13年）3月、伯父・田中長兵衛が負債のため製鉄・鉱山事業を三井財閥に譲渡し、破綻した際には、これを一手に引き受けて救済したとされています。

1932年（昭和7年）時点で、参松合資会社の資本金は50万円。小泉信三や松本烝治、田中長一郎などの親族が出資社員に名を連ねました。同年10月には参松製飴株式会社、同年11月には販売会社の（株）三松商店を設立。1939年（昭和14年）8月には、参松製飴株式会社の社名を参松工業株式会社に改称しました。第二次世界大戦末期の1945年7月、千葉空襲により工場は再び大きな被害を受けましたが、翌年末には復興し、生産を再開。しかし、間もなく1946年（昭和21年）12月29日、長次郎は脳卒中で倒れ、66年の生涯を終えました。

長次郎には妻・勝との間に子供がいなかったため、叔父である吉田長三郎の五男・康吉を1930年に養子として迎えました。1931年（昭和6年）に勝が病死した後、勝の実家である小泉家の親戚筋、美澤花と再婚。ボストン・カレッジを卒業後、鈴木商店（味の素）のロサンゼルス駐在員として勤務し、その後参松工業に入社した康吉は、長次郎の急逝後、横山家と会社を継承しました。

逸話

横山家は遠野松崎村に農地を所有していました。これは父・久太郎が子孫のために購入したものでしたが、長次郎は小作人に分譲・解放しました。これは1922年（大正11年）7月に有島武郎が北海道狩太村（現・ニセコ町）で同様の行為を行う以前のことであり、久太郎は「長次郎には困ったものだ」と嘆いたといいます。

家族・親族

母方の祖父は、田中商店の主人であり、父・久太郎の雇用主でもあった初代・田中長兵衛。彼は釜石鉱山田中製鉄所の創設者であり、日本の近代製鉄事業の先駆者です。

妻・勝の父である小泉信吉と兄の小泉信三は、共に慶應義塾の塾長を務めました。勝の姉・千は、第2次山本内閣の法制局長官を務め、戦後は憲法草案を作成した松本烝治の妻です。勝の妹・ノブは、第一銀行第二代頭取・佐々木勇之助の次男で第一銀行副支配人、佐々木脩次郞の妻です。

養子・康吉の妻は、1964年の東京オリンピックで組織委員会会長を務めた安川第五郎の長女・敏子。康吉は敏子との間に久一、武次、敦子の三子を授かりました。

長次郎の2番目の妻・花の父は、Y校こと横浜商法学校の初代校長・美澤進。40年以上にわたり校長を務め、卒業生から慕われました。進の妻・米榮は小泉信吉の姪（姉・織江の娘）。長次郎の養弟・横山虎雄は渋沢家の出身で、曾祖父にあたる三代・渋沢宗助の甥が渋沢栄一。作家の澁澤龍彦は虎雄の甥です。虎雄は釜石製鉄所の第三代所長も務めました。

参考文献

『参松工業創業80周年記念誌：起業家魂四代記』創業80周年記念誌編集委員会、1995年。

関連項目

横山久太郎
参松工業
三陸汽船
* 二代目・田中長兵衛

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