渡瀬線

渡瀬線について

渡瀬線（わたせせん）は、トカラ列島内に位置する悪石島と小宝島の間を通る生物分布の境界線です。この線は、屋久島と奄美大島の間を境にするとされることもあります。生物地理学において、渡瀬線は旧北区と東洋区の境界を示しており、気候的には温帯と亜熱帯を分ける重要なラインとされています。この概念は1912年に渡瀬庄三郎によって提起され、岡田弥一郎の命名により広まったものです。

渡瀬線は特に哺乳類、爬虫類、両生類の生物相の境界として重要視されていますが、昆虫に関しては大隅海峡が境界と考えられることもあります。これに関しては1929年、三宅線という名称がつけられました。現在では、渡瀬線の影響は屋久島と奄美大島の境界よりも顕著であると考えられています。

生物相の特異性は、沖縄諸島と先島諸島の境にある慶良間海裂でも見られ、蜂須賀線として知られています。渡瀬線と蜂須賀線の間に位置する奄美群島と沖縄諸島は、類似した生物相を共有しており、これが中琉球と呼ばれる理由です。鳥類の分布については、渡瀬線ではなく蜂須賀線が境界要素となることもあります。

渡瀬線の発見と歴史

旧北区と東洋区の境界に関しては古くからの論争が存在しました。1912年、渡瀬庄三郎は奄美大島と屋久島の間に哺乳類の分布境界があることを示し、1918年には青木文一郎が同様の発表をしました。1921年には江崎悌三が青木線という名称を提案しましたが、1927年に岡田弥一郎が渡瀬線と命名したことで、現在ではこの名称が一般的に使用されています。

渡瀬線はトカラ列島の悪石島と小宝島の間の海底谷に対応するとされており、現在の定説ではそのように定義されていますが、当初は屋久島と奄美大島の間を指していたことにも注意が必要です。現時点では、ハブを除けば悪石島と小宝島の間で明確な生物分布の変化は見られないという意見もあります。

生物相と環境

渡瀬線による生物分布の違いは、琉球諸島の形成にも起因しています。悪石島と小宝島の間には水深1,000メートルを超える海底谷があり、かつて鮮新世と更新世の間に琉球諸島は日本列島から切り離されていくつかの大きな島が形成されていたと考えられています。最終的に、更新世には陸橋が形成されたものの、その間には依然として海があったとされています。

動物相の特異性

渡瀬線の北側に位置する大隅諸島は、哺乳類、爬虫類、両生類の生物相が九州本土や本州と大きな違いを見せないとされています。特に、渡瀬線以南の南西諸島には多くの固有種が見られます。例えば、アマミノクロウサギやリュウキュウテングコウモリなどがそれに該当します。

また、爬虫類ではハブやリュウキュウアオヘビなどが渡瀬線を北限とする種に含まれています。両生類も同様で、特に渡瀬線以南ではシリケンイモリなどの有尾類や、ヒメアマガエルなどの無尾類が生息しています。これらの地域には、固有種に加え、中国南部や台湾、東南アジアに分布する近縁種も多く見られます。

植物相の特異性

渡瀬線以南では、アダン、リュウキュウマツ、ガジュマルなどの典型的な植物が生育し、マングローブ林が河口域に広がっています。注意すべきは、メヒルギやヘゴなどは渡瀬線よりも北にも分布していることがあります。

また、照葉樹林についても渡瀬線の北と南で構成種に交代が見られるものの、根本的な差は小さいと考えられています。生物圏の相違は、ただ単に海の隔たりによるものだけではなく、その地理的な歴史にも深く関わっているのです。

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