田畑直

生涯の概要

田畑直は、明治43年（1910年）3月24日に生まれ、昭和19年（1944年）2月17日に戦死した旧日本海軍の軍人です。潜水艦長として太平洋戦争を戦い、特に伊号第百七十五潜水艦（伊175）を指揮して、苛烈な戦況下のキスカ島撤退作戦で物資輸送と人員収容を成功させました。また、ギルバート諸島沖の戦闘では、米海軍の護衛空母「リスカム・ベイ」を撃沈するという大きな戦果を挙げています。最終的に海軍中佐に進級し、乗艦の沈没に伴い戦死しました。

海軍への道

田畑は香川県坂出市王越町の出身です。実家は、香川県で名士と謳われた実業家、田畑久宣（坂出商工会議所元会頭、讃岐塩業および錦海株式会社創業者）の弟にあたります。

海軍兵学校第58期に入校した田畑の同期生は、当初130名余りという大人数で、その半数以上が中学の首席卒業者という、非常に優秀な顔ぶれが揃っていました。鳥巣玉樹、永野修身、及川古志郎、伊藤整一といった歴代校長や監事長らの指導を受け、昭和5年（1930年）11月に113名の卒業生中、中位の成績で卒業しました。卒業後は、左近司政三司令官に率いられた練習艦隊による地中海方面への遠洋航海に参加し、実務訓練を積みました。昭和7年（1932年）4月に海軍少尉に任官します。

潜水艦士官として

任官後、田畑は潜水艦専攻士官の道を選びました。昭和16年（1941年）7月から10月にかけて潜水学校の甲種学生課程を履修し、潜水艦長として必要な高度な知識と技能を習得しました。この教育を終えた翌年、太平洋戦争開戦後の昭和17年（1942年）2月には、最初の艦長職として「呂号第六十四潜水艦」（呂64）の艦長に着任します。

「呂号第六十四潜水艦」艦長時代

呂64は、大正末期に竣工した比較的旧式の潜水艦でしたが、「呂号第六十三潜水艦」（呂63）、「呂号第六十八潜水艦」（呂68）とともに第七潜水戦隊隷下の第三十三潜水隊を編制していました。この部隊は当初第四艦隊に所属していましたが、昭和17年7月、ミッドウェー海戦後にアリューシャン方面の防備を強化するため、第五艦隊に編入されました。

呂64は僚艦である呂六十型潜水艦5隻と共にキスカ島の警備任務にあたります。同年8月28日、アトカ島沖で米海軍水上艦艇が発見されたとの報を受け、田畑艦長の呂64は僚艦2隻と共に出撃して攻撃に向かいました。僚艦の「呂号第六十一潜水艦」（呂61）はナザン湾への侵入に成功し、水上機母艦「カスコ」を擱座させる戦果を挙げたものの、撃沈されてしまいます。田畑艦長はナザン湾口の監視を命じられており、呂61の攻撃後もその任務を続行しました。キスカ島への帰還後、9月15日には空襲を受け、僚艦が損傷するなどの被害を受けます。その後、第三十三潜水隊は呉鎮守府部隊に編入され、日本本土へ帰還しました。

「伊号第百七十五潜水艦」艦長

昭和17年12月、田畑は新たな艦長職として「伊号第百七十五潜水艦」（伊175）の艦長を拝命します。伊175は接触事故で損傷を受けていたため、修理が完了した昭和18年（1943年）2月に第十二潜水隊に編入されました。

同年5月12日に米軍がアッツ島への攻撃を開始すると、第十二潜水隊は北方部隊に編入され、再びアリューシャン方面での任務に就きます。

キスカ島撤退作戦での成功

昭和18年6月、北方潜水部隊指揮官であった古宇田武郎少将は、潜水艦部隊によるキスカ島からの物資輸送と人員撤収作戦を決行します。当初15隻の潜水艦が投入される計画でしたが、実際には13隻での作戦遂行となりました。しかし、この作戦は非常に困難を極め、「伊号第二十四潜水艦」（伊24）や「伊号第九潜水艦」（伊9）が消息を絶ち、「伊号第百五十六潜水艦」（伊156）が悪天候による損傷で輸送を断念するなど、多くの潜水艦が霧中砲撃や哨戒艇による追跡といった敵の妨害や自然条件に苦しめられました。

そのような状況下で、田畑艦長の伊175は6月17日、キスカ島への物資16トンを揚陸し、人員70名を無事収容して撤収に成功しました。この作戦期間中、物資揚陸・人員収容を成功させたのは、伊175の他に「伊号第二潜水艦」（伊2、板倉光馬艦長）のみであり、田畑艦長の指揮能力を示す大きな成果となりました。

米護衛空母「リスカム・ベイ」撃沈

キスカ島撤退作戦後、伊175は第三潜水部隊所属となり、南方戦線に復帰します。昭和18年10月にはウェーク島への空襲があり、伊175は甲潜水部隊の一員として同島周辺に散開線を形成して哨戒にあたりましたが、敵との接触はなく、トラックへの帰還命令を受けました。

同年11月19日、米軍がギルバート諸島のマキン環礁とタラワ環礁に来襲したとの報が入り、伊175はマキンへ急行します。21日には米軍の上陸作戦が本格化し、マキンの戦い、タラワの戦いが展開されていました。田畑艦長の伊175は、奇しくもマキンとタラワが陥落した昭和18年11月23日、マキン沖に到達しました。

11月25日午前1時頃、田畑はマキン西方約5浬の地点で、空母や輸送船を含む米艦隊を発見します。慎重に接近し、午前2時頃に魚雷4本を発射しました。この艦隊はヘンリー・M・ムリニクス少将が指揮する護衛空母3隻を基幹とする部隊であり、伊175の接近に全く気付いていませんでした。発射された魚雷は、護衛空母「リスカム・ベイ」の後部機関室付近に命中し、さらに弾薬庫を誘爆させて同艦を轟沈させました。「リスカム・ベイ」の沈没による米軍の損害は、ムリニクス少将以下約650名に及び、これは当時の米海軍にとって4番目に大きな人的損害となりました。一方、日本海軍の潜水艦部隊は、このギルバート諸島沖海戦で出撃した9隻中6隻を失うという大きな犠牲を払っています。

伊175は、沈没した「リスカム・ベイ」を護衛していた艦艇からの7時間以上に及ぶ執拗な制圧攻撃を受け、艦体にも損傷を負いましたが、巧みに敵の追跡を振り切り、12月1日にトラック泊地へ無事帰還しました。この「リスカム・ベイ」撃沈という多大な武勲に対し、第六艦隊司令長官の高木武雄中将は、田畑艦長と伊175乗組員に表彰状を授与しています。

最期

トラック帰還後、伊175は整備を受け、昭和19年（1944年）1月27日に再び出撃しました。クェゼリン、次いでウォッゼ方面へ向かい、同地を砲撃中の米艦船部隊への攻撃を命じられていました。しかし、昭和19年2月17日、ウォッゼ北方沖において、伊175は米海軍駆逐艦「ニコラス」による爆雷攻撃を受けます。敵のレーダーにより探知されたことが致命傷となり、伊175は撃沈されました。この戦闘により、田畑艦長以下、第十二潜水隊司令であった小林一（海軍兵学校第48期）を含む乗組員計100名全員が戦死しました。

なお、田畑には伊175が沈没する直前の1月31日付で、呉鎮守府附への人事異動が発令されていました。厳密には、沈没時点では伊175の艦長ではなかった可能性がありますが、事実上の最後の任務、そして戦死の場所は伊175の艦上でした。

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