稲垣信

稲垣 信

嘉永元年12月3日（1848年12月28日）に生まれ、大正15年（1926年）4月9日に亡くなった日本の牧師です。かつては上田藩に仕える武士でしたが、後にキリスト教の道に進み、日本基督公会（現在の日本キリスト教会横浜海岸教会）の初代牧師として、また日本基督教会の牧師として、明治から大正にかけて伝道活動を行いました。

生涯

上田藩士として

江戸の柳橋にあった上田藩の屋敷で生まれ、幼名を小太郎、後に正之助と称しました。16歳で藩主松平忠礼の側近となり、その命を受けて藩校明倫堂で儒学などを学びました。この藩校での学問を通じて、当時日本に入ってきていた漢訳の旧約聖書に触れ、後の人生に大きな影響を与えるきっかけとなりました。

信仰を求める日々

明治維新を迎え、1868年（明治元年）には長崎へ留学しました。ここで初めて本格的にキリスト教に接し、強い関心を抱くようになります。江戸に戻ってからもその思いは冷めやらず、1872年（明治5年）には横浜に滞在していた宣教師ディビッド・タムソンを自邸に招いて熱心に質問するなど、積極的にキリスト教について学び始めました。また、築地にあった教会（後の東京第一長老教会）にも頻繁に出入りするようになりました。

1874年（明治7年）には、同じくキリスト教を求めていた鈴木親長との出会いがあり、これが彼の求道生活をさらに真剣なものへと導きました。この頃、慶應義塾でも学んでいます。宣教師J・H・バラとの出会いを通じて信仰を確立しますが、洗礼を受ける前に故郷である信州上田へ帰郷することになります。

上田での伝道と教会設立

上田に戻った稲垣信は、鈴木親長と共に自宅を開放し、聖書研究会や祈祷会を始めました。これは上田におけるキリスト教伝道の始まりとなりました。そして1875年（明治8年）8月には、「誤った信仰を捨て真の神を礼拝し、酒を断ち、安息日を守り、互いに愛と慈善をもって助け合い、社会の悪習を改革する」という高い志のもと、上田禁酒会を結成し、禁酒運動とキリスト教の伝道に精力的に取り組みました。

1876年（明治9年）1月、稲垣信は横浜へと赴き、日本基督公会（現在の日本キリスト教会横浜海岸教会）でJ・H・バラ宣教師から洗礼を受けました。同年8月には、宣教師エドワード・ローゼイ・ミラーとブラウン塾の塾生であった真木重遠と共に再び上田へ戻り、本格的な伝道を開始しました。その結果、16名が洗礼を受けます。さらに10月8日にはJ・H・バラを上田に招いて伝道会を開き、新たに19名が洗礼を受けました。こうして稲垣信と坂巻淳一郎を加えた37名によって、上田基督公会（現在の日本キリスト教会上田教会）が正式に設立されたのです。これは地方における初期のプロテスタント教会の一つとして特筆すべき出来事でした。

牧会と公的な活動

上田での教会設立後、1877年（明治10年）には、かつて自身が洗礼を受けた横浜海岸教会（旧日本基督公会）に招聘され、教会の会計係を務め、後に長老となりました。そして1878年（明治11年）10月には、当時の日本基督教界を代表する植村正久や井深梶之助らと共に、第三中会において牧師としての按手礼を受けました。翌1879年（明治12年）3月には、正式に横浜海岸教会の牧師として着任します。

教団内外の公的な活動にも積極的に関わりました。1883年（明治16年）に東京の新栄教会で開催された第三回全国基督教信徒大親睦会では、横浜からの参加者として幹部の一人を務め、大会中に「聖書と解釈」と題する講演を行いました。また、1888年（明治21年）に新栄橋教会で行われた明治元訳聖書の完成祝賀会では、感謝の演説を行うなど、聖書翻訳事業にも深い関心を示していました。

1893年（明治26年）からは約5年間にわたり、各地を巡回して伝道を行う伝道者として活動しました。1898年（明治31年）に巡回伝道を終えると、再び横浜海岸教会の牧師に就任しました。その後も、1906年（大正5年）には四谷教会伝道教会（麹町教会）へ赴任し、1915年（大正4年）からは三島教会を牧会するなど、各地で牧師としての務めを果たしました。

1919年（大正8年）に第一線を退いた後も、東京の様々な教会で応援説教を行うなど、晩年まで伝道への情熱を失うことはありませんでした。

大正15年（1926年）4月9日、肺炎のため東京都牛込区若松町（現在の新宿区若松町）の自宅でその生涯を終えました。遺体は東京の多磨霊園に葬られました。元武士でありながらキリスト教信仰に導かれ、明治・大正期の日本の教会形成と伝道に多大な貢献をした人物として、その名は記憶されています。

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