総統警護隊

総統警護隊（Führerbegleitkommando, FBK）

総統警護隊（Führerbegleitkommando, FBK）は、ナチス・ドイツの指導者アドルフ・ヒトラーの身辺警護を専門とする親衛隊（SS）の部隊でした。この部隊は、ヒトラーの個人的な安全を守るために組織され、彼の側近として常に活動していました。

前史：親衛隊警護隊の設立

1932年2月29日、ヒトラーとナチ党幹部の警護を目的として、12人の隊員からなる「親衛隊警護隊（SS-Begleitkommando）」が結成されました。ヨーゼフ・ディートリッヒによって選抜されたこの部隊は、さらに8人の小隊「親衛隊総統警護隊（SS-Begleitkommando des Führers）」に分かれました。彼らはヒトラーの遊説に同行し、警護を担当しました。初めて公に姿を現したのは、1932年7月の国会選挙の際で、この時から24時間体制で任務に就きました。

総統護衛隊（Führerschutzkommando, FSK）の設立と国家保安局（RSD）への改編

1933年3月には、もう一つの警護部隊「総統護衛隊（Führerschutzkommando, FSK）」が設立されました。FSKは1934年以降、ヒトラーと全国の警護を担い、親衛隊警護隊に代わって国家機関となりました。FSKの任務は、ヒトラーや党幹部の警護、暗殺計画の捜査、被警護者の到着前の建物や人物の事前調査など多岐にわたりました。

1935年8月1日、FSKは「国家保安局（Reichssicherheitsdienst, RSD）」に改称されました。RSDの設立後、親衛隊警護隊はヒトラーの個人的な警護部隊としての役割に特化し、RSD、秩序警察、ゲシュタポなどの機関と連携して警備を行いました。

総統警護隊（FBK）への再編

1937年、親衛隊警護隊は「総統警護隊（Führerbegleitkommando, FBK）」として再編されました。隊員数は37人に増員され、再びSSアドルフ・ヒトラー連隊（LSSAH）から選抜されました。FBKはRSDとは別に、ヒトラーの個人的な警護を担当し、副官、連絡係、近侍、ウェイターなど、幅広い役割を担いました。名目上は親衛隊全国指導者ハインリヒ・ヒムラーの指揮下にありましたが、実際にはヒトラーから直接命令を受けており、ヒムラーはこれに不満を抱いていました。FBKの管理はLSSAHに委ねられていましたが、部隊の指導者はヒトラー、後にヒトラーの主任副官ユリウス・シャウブ、RSD長官ヨハン・ラッテンフーバーへと変遷しました。しかし、任務の内容に変化はありませんでした。

FBK隊員は、ヒトラーに最も近い場所にいることを許された唯一の武装部隊であり、ワルサーPPKを装備していました。勤務中は武器の検閲や引き渡しの必要がなく、常に身につけていました。一方、RSDの隊員は、ヒトラーからある程度離れた位置にいることを求められました。

警護任務の実態

FBKとRSDは、ヒトラーの移動や行事の際の警備・保護を担当しましたが、それぞれ別のグループとして活動し、異なる車両を使用していました。全体の指揮はRSD長官のラッテンフーバーが執り、FBKの指揮は彼の副官が務めました。ヒトラーの専属運転手でもあったFBK隊員のエーリヒ・ケンプカは、ベルリンやミュンヘンなどに駐留していた6〜8台の車の中から、ヒトラー専用の黒いメルセデス・ベンツを運転しました。ヒトラーは、要人と同行していない限り、ケンプカの隣の前部座席に座り、後部座席には副官が座っていました。ヒトラーの車の後方には、FBK隊員とRSD隊員がそれぞれ乗った2台の護衛車両が続きました。

1938年7月、ケンプカの指示により、完全に装甲化されたメルセデスが製造され、ヒトラーの50歳の誕生日である1939年4月20日に納車されました。この車両は、18mmの鋼板と40mm厚の防弾ガラスを備えていました。

1938年3月以降、FBKとRSDの隊員は共にSSの標準的なグレーの制服を着用するようになりました。両部隊とも親衛隊員で構成され、親衛隊の管理下にありました。ヒトラーの警護は非常に長時間を要し、特にFBK隊員は24時間体制で勤務していました。しかし、刑事警察出身の専門家が多く含まれるRSDの隊員は、自身をより専門的な集団と自負し、FBK隊員を見下していました。FBKはヒトラーの全ての旅に同行し、第二次世界大戦中は占領下のヨーロッパ各地にある「総統大本営（Führerhauptquartier, FHQ）」にも常に駐留していました。ヒトラーが滞在していた場所には必ずFBKとRSDの隊員が配備され、FBKは首相官邸などのヒトラーの執務室に通じる廊下の警備を担当し、RSDはそれ以外の敷地内の警備を担当しました。1943年1月15日時点で、FBKは112人に拡大し、そのうち31人がSS将校でした。

戦時中の行動

RSD長官ラッテンフーバーは、ヒトラーの野戦本部の確保に責任を負っていました。ヒトラーは主に東部戦線にある「総統大本営（Führerhauptquartier, FHQ）」で多くの期間を過ごしており、1941年6月の最初の到着から1944年11月20日の最後の出発まで、合計800日以上をそこで過ごしました。「狼の巣（Wolfsschanze）」と呼ばれるこの大本営は鉄製のフェンスで囲まれ、RSDとFBKの兵士が警備にあたりました。ヒトラーのブンカーと、厚さ2メートルの鉄筋コンクリートで作られた10個の偽装ブンカーから構成されていました。この地域には、複数の要人の宿舎、本部職員、2つの食堂、通信所、国防軍の「総統護衛旅団（Führer Begleit Brigade, FBB）」の兵舎がありました。外周は地雷とFBBの兵士によって警備され、監視塔や検問所が設置されていました。

1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件においては、FBKやRSDの隊員による陰謀や暗殺計画はなく、特にFBKの隊員はヒトラーとの長年の関係から、全員がヒトラーに忠誠を誓っていました。

大戦末期

1945年1月16日、敗戦が濃厚になると、RSDとFBKの隊員はヒトラーと共に総統官邸中庭の総統地下壕に移動しました。地下壕では、RSDとFBKの隊員は警備室に配置され、地下壕に入る者は身分証明書と鞄の確認を受けた後に、廊下に入ることが許可されました。1945年4月23日時点で、約30人のFBK隊員が駐留し、ヒトラーが1945年4月30日に自殺するまで警護にあたっていました。

ヒトラーの死後、地下壕はソビエト赤軍の砲撃を受けたため、FBKとRSDの隊員は地下壕から避難しました。残りの隊員は会議を開き、可能な者は総統官邸を離れて他の戦闘部隊に参加するようにとの命令が出されました。最終的には、ベルリンから脱出してエルベ川で連合軍に投降するか、北部のドイツ軍に合流するという方針が決定されました。

隊員の制服

FBKの隊員は、他の親衛隊員と同様に、フィールドグレーの開襟型と詰襟型の勤務服を着用していました。制服のカフタイトルは、アドルフ・ヒトラー連隊（LSSAH）と同じものが用いられていましたが、RSDの隊員はLSSAHのカフタイトルを使用しませんでした。FBK隊員はLSSAH配下の親衛隊特務部隊（武装親衛隊）の一部とされていたため、襟章に「SS」のルーン文字があしらわれていましたが、RSD隊員の襟章は国家保安本部と同様に無地でした。肩章のモノグラムは、FBK隊員はLSSAHと同じものを用いましたが、RSD隊員は1939年より秘密野戦警察（GFP）の一部となったため、GFP職員用の肩章とモノグラムを用いていました。

創立メンバーと指揮官

創立メンバー:

ボド・ゲルツェンロイヒター
ウィリー・ヘルツベルガー
クルト・ギルディシュ
ブルーノ・ゲッシェ
フランツ・シェードレ
エーリヒ・ケンプカ
アウグスト・ケルバー
アドルフ・ディル

指揮官:

ボド・ゲルツェンロイヒター - 1932年3月～?
ウィリー・ヘルツベルガー - 1932年～1933年4月11日
クルト・ギルディシュ - 1933年4月11日～1934年6月15日
ブルーノ・ゲッシェ - 1934年6月15日～1942年4月、1942年12月～1944年12月
フランツ・シェードレ - 1945年1月～4月

著名な隊員

エーリヒ・ケンプカ - ヒトラーの専属運転手。
ハンス・ヘルマン・ユンゲ - ヒトラー最後の個人秘書として知られるトラウデル・ユンゲの夫。
ハインツ・リンゲ - ヒトラーの副官。自殺したヒトラーの遺体を焼いた人物の一人。
オットー・ギュンシェ - ヒトラーの副官。ヒトラーとその妻エヴァ・ブラウンの遺体にガソリンをまいて焼却した。
ローフス・ミシュ - ヒトラーの文書及び電話交換手。ヒトラーが自殺したベルリンの総統地下壕に留まった最後の生存者。

総統警護隊は、ヒトラーの側近として、ナチス・ドイツの歴史において重要な役割を果たしました。彼らの忠誠と献身は、ヒトラーの権力維持に不可欠であり、その行動は第二次世界大戦の多くの場面に影響を与えました。

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