菊池容斎

菊池容斎（きくち ようさい）

菊池容斎（1788年 - 1878年）は、江戸時代後期から明治時代初期にかけて活躍した絵師です。特に歴史上の人物を題材とした『前賢故実』の作者として広く知られています。この作品は、後進の日本画家や浮世絵師、そして明治以降の日本文化を担う人々に多大な影響を与えました。

生涯

容斎は、旧姓を河原といい、本名を量平または武保と称しました。江戸下谷長者町で、幕府西丸の御徒である河原専蔵武吉の次男として誕生しました。父は菊池家からの養子でしたが、系図によれば南朝の遺臣である菊池武時の後裔であるとされています。15歳で兄が早世したため河原家を継ぎましたが、28歳の時に父の生家が断絶したことを惜しみ、妹に婿養子を迎えて河原家を継がせた後、自身は38歳で菊池家を再興し、菊池武保と名乗りました。

「容斎」という号は、自らの厳格な性質を戒めるために名付けられたと伝えられています。1805年には高田円乗に師事し、様々な流派の画風を学びました。円乗の死後は特定の師につかず、その教えを守りながらも流派にこだわらず、各流派の長所を取り入れることに努めました。旗本である久貝正典の援助を得て、「阿房宮兵燹の図」や「呂后斬戚夫人図」などの大作を制作しました。また、学問においては羽倉簡堂と親交がありました。

1825年に西丸御徒の職を辞してからは、本格的に作画活動に専念したと考えられています。1877年には第一回内国勧業博覧会に出品し、最高の竜紋褒賞を授与されました。1928年には、その功績が認められ正五位が追贈されました。

『前賢故実』

容斎は、1827年から約5年間、京都や大和に滞在し、円山四条派や土佐派、浮世絵を学び、有職故実や古器物の研究を行いました。これらの研究成果を基に、1868年に『前賢故実』全10巻を完成させました。この作品は、神代から南北朝時代までの571人の公家、貴族、僧侶、武士、女房などの小伝と、史実や有職故実に基づいた装束をまとった姿を、見開き2ページに描いたものです。

『前賢故実』は、孝明天皇と明治天皇に献上され、1875年には容斎は「日本画士」の称号を授与されました。

門人と後代への影響

容斎の門下には、松本楓湖、渡辺省亭、鈴木華邨、三島蕉窓などがおり、私淑した画家には梶田半古や尾形月耕がいます。渡辺省亭によれば、容斎は粉本（手本帖）を写させることをせず、自由に描かせ、その上で意見を述べるという教育方針をとっていたと伝えられています。

容斎の最大の功績は、弟子の育成よりも『前賢故実』を通して後世に大きな影響を与えたことです。明治10年代半ばから30年代にかけて、政府の皇民化政策や伝統品輸出振興策によって歴史画が盛んに描かれるようになると、多くの絵師が『前賢故実』を参考にしました。

影響を受けたのは日本画家だけでなく、小堀鞆音や、大蘇芳年、小林清親といった浮世絵師、本多錦吉郎や原撫松のような洋画家、さらには生人形師の松本喜三郎、写真師の北庭筑波、講釈師の松林伯円など、幅広い分野の人々に及んでいます。梶田半古は、弟子に『前賢故実』を書写させ、小林古径や前田青邨といった歴史画家を育てました。

代表作

容斎の代表作としては、『前賢故実』の他にも、「阿房宮兵燹の図」や「呂后斬戚夫人図」などが挙げられます。これらの作品は、彼の歴史画における卓越した表現力と、綿密な考証に基づいた描写を今に伝えています。

まとめ

菊池容斎は、江戸時代後期から明治時代初期にかけて、歴史画の分野で大きな足跡を残した絵師です。特に『前賢故実』は、その後の日本美術界に多大な影響を与え、多くの絵師や文化人にインスピレーションを与えました。容斎の作品は、現在もなお、日本の歴史と文化を深く理解するための重要な資料として、その価値を保ち続けています。

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