藤原衛

藤原衛（ふじわら の まもる）は、平安時代初期に活躍した貴族であり、藤原北家、右大臣・藤原内麻呂の十男として生まれました。彼の生涯は、その類まれな才能と、時代の波に翻弄される複雑な側面を併せ持っています。

幼少期からの才能開花

衛は2歳で母を亡くしますが、5歳の時には母親の死について深く思索し、その様子は周囲の人々を感動させました。この出来事をきっかけに、父・内麻呂は衛を嫡嗣に指名したと伝えられています。7歳で学問を始め、18歳で文章生試に合格、その早熟ぶりから前漢の賈誼に例えられました。

異例の昇進と地方官としての活躍

中判事、大学助を経て、24歳という若さで従五位下に叙爵。これは、他の兄弟たちと比較して際立って早い昇進でした。その後、遠江守に任じられ、新羅人による蜂起事件が起きた後の混乱を収め、穏やかな統治を行い、民衆から厚い信頼を得ました。その功績が認められ、朝廷から褒賞を受けたことからも、その手腕の高さが伺えます。帰京後は、木工頭、右少弁、式部少輔といった要職を歴任し、特に式部少輔としては、身分の高い者の親族であっても不正を厳しく批判したことから、淳和天皇にその才覚を認められました。その後も昇進を重ね、正五位下、従四位下と、順調にキャリアを積んでいきました。

『令義解』編纂への参画

淳和朝においては、『令義解』の編纂にも参画しました。これは、律令制の解釈や運用に関する重要な事業であり、衛の学識と実務能力の高さを物語っています。

政変による失脚と大宰府赴任

仁明天皇の時代に入ると、式部大輔兼伊予守、従四位上、蔵人頭と、順調に昇進を続けました。また、淳和上皇の孫娘を妻に迎え、淳和上皇との親密な関係を築きました。しかし、承和9年（842年）に突如、蔵人頭を解任され、大宰大弐として九州へ下向を命じられます。これは、新羅国内の反乱や密貿易の発覚など、政治的な背景が絡んだ異例の人事でした。衛は、この人事に抵抗し、天皇の側で仕えたいという上表を提出しましたが、認められませんでした。この出来事は、衛が政権中枢から遠ざけられるきっかけとなり、政治的な危機を察知しての行動であったと考えられます。

大宰府での活動と改革

大宰府赴任後、衛は管内の状況を憂い、食糧不足や官吏の不正、官舎の破損、開田の横行といった問題点を指摘し、朝廷に改善を求める上奏を行いました。特に、新羅人の入国禁止を提言しましたが、朝廷はこれを一部却下し、漂流者の保護や商人の自由な交易を認めるよう指示しました。この際の方針は、後の新羅対策の基本となりました。また、管内の医師の選任についても改善を求め、典薬生から優秀な人材を派遣するよう進言しました。

晩年と死

大宰大弐の任期を終えて帰京しましたが、その後は昇進が停滞し、参議への道は閉ざされたまま終わりました。嘉祥2年（849年）には、渤海使節の応対役を務め、その儀範を称賛されています。弾正大弼、勘解由長官、加賀守などを歴任し、最終的に右京大夫兼加賀守正四位下として、天安元年（857年）に59歳で亡くなりました。

人物像と文化活動

衛は、漢詩人としても知られており、『経国集』に嵯峨上皇の作詩に応答した作品が収録されています。また、最澄との交流があったことも知られています。その多才ぶりと、公正な人柄は、多くの人々に影響を与えました。

官歴

弘仁7年（816年）：文章生試
時期不詳：正六位上、中判事、大学助
弘仁13年（822年）：従五位下
弘仁14年（823年）：遠江守
天長4年（827年）：従五位上、木工頭
時期不詳：民部少輔
天長6年（829年）：右少弁
天長7年（830年）：式部少輔
天長9年（832年）：正五位下
天長10年（833年）：従四位下
承和元年（834年）：式部大輔、兼伊予守
承和7年（840年）：従四位上、御装束司（淳和上皇葬儀）、蔵人頭
承和9年（842年）：大宰大弐
承和14年（847年）：秩満（大宰大弐）
嘉祥3年（850年）：弾正大弼、勘解由長官
仁寿4年（854年）：正四位下
斉衡2年（855年）：兼加賀守
天安元年（857年）：右京大夫、卒去

系譜

父：藤原内麻呂
母：藤原永手の娘
妻：恒世親王の娘
男子：藤原後実、藤原有全

その他

衛と恒世親王の娘の結婚は、皇親と臣下の結婚を許可する延暦12年の詔が適用された初期の事例の一つです。

藤原衛は、その才能と努力によって、平安時代初期に重要な役割を果たしました。しかし、政治的な変動の中で、その才能を十分に発揮できなかった側面も持っています。彼の生涯は、当時の貴族社会の複雑さと、個人の運命が時代に翻弄される様子を如実に表しています。

もう一度検索