讃岐忌部氏

讃岐忌部氏：古代讃岐の文化を支えた一族

讃岐忌部（さぬきいんべ）氏は、手置帆負命（たおきほおひのみこと）を祖神とする古代氏族で、主に讃岐国（現在の香川県）を中心に活動していました。彼らは、朝廷への貢納や建築祭式、さらには竹取物語との関連など、多岐にわたる歴史的な背景を持っています。

讃岐忌部氏の起源

讃岐忌部氏の祖神とされる手置帆負命は、天照大神が天岩戸に隠れた際、彦狭知命（ひこさしりのみこと）と共に天御量（あまつみはかり）を用いて御殿を造営したと伝えられています。また、大国主命（おおくにぬしのみこと）に仕え笠縫の役割を担ったともされています。

『古語拾遺』には、太玉命（ふとたまのみこと）が率いた神々の一つとして「手置帆負命（讃岐国の忌部が祖なり）」と記されており、この「手置」は、物を計量する意味を持つと解釈されています。さらに、同書には、手置帆負命の子孫が、朝廷に毎年800本もの祭具の矛竿を献上していたとあり、讃岐国が「竿調国（さおのみつぎ）」と呼ばれ、それが「さぬき」の国名の由来になったという説もあります。

讃岐忌部氏の活動

讃岐忌部氏は、矛竿の材料となる竹を求めて、現在の香川県三豊市豊中町笠田竹田に居を構え、そこを拠点に西讃地方を開拓しました。また、善通寺市の大麻神社には、神武天皇の時代に讃岐忌部と阿波忌部が協力して麻を植え、讃岐平野を開いたという伝承が残っています。この開拓は、西讃から東讃へと広がっていったと考えられています。

香川県内には、三豊市高瀬町の麻部神社、観音寺市の粟井神社などの神社や、高瀬町麻、仲多度郡まんのう町佐文などの地名に、その名残を見ることができます。また、東かがわ市の誉田神社は、忌部宿禰正國によって創始されたと伝えられています。

朝廷への貢納

讃岐忌部氏は、朝廷に毎年、調庸（みつきもの）の他に800本の竿を貢いでいました。『延喜式』には、「桙木1200本を讃岐国から毎年11月以前に進納する」ともあり、この朝貢は、崇徳天皇の時代まで続いたとされています。

建築祭式との関連

手置帆負命は、木を切り出し瑞殿を作った伝承から、工匠の守護神とされ、木造建築の上棟式で祭神として祀られます。その際には、棟札に神名と工事概要を墨書きし、祝詞を奏上します。

竹取物語との関連

竹取物語のモデルとなった場所として、奈良県北葛城郡広陵町が挙げられます。広陵町の小字には「笠神」があり、讃岐神社や笠縫邑との関連が指摘されています。物語に登場する竹取翁の名前が「讃岐造」であることや、かぐや姫の名付け親が「三室戸斎部秋田」であること、香川県さぬき市に鎮座する多和神社の祭神が手置帆負命であること、同町の特産品が竹であることなどから、竹取物語と讃岐忌部氏の関連を指摘する声もあります。

讃岐忌部と紀伊忌部

『古語拾遺』には、手置帆負命と紀伊忌部氏の祖神である彦狭知命が並列して書かれており、手置帆負命が紀伊にも居住していたとされています。また、『日本書紀』には、手置帆負命が作笠者、彦狭知命が作盾者とあり、両神はそれぞれ異なる専門技術者であったと考えられています。

千葉県南房総市には、手置帆負命と彦狭知命を祭神とする莫越山神社があり、両神の一体性を示す事例として知られています。

阿波忌部の讃岐国への入植

阿波忌部氏は、農業技術に優れ、天日鷲命を祖神としています。彼らは、吉野川上流域から讃岐平野へと進出し、讃岐忌部と協力して開拓を行いました。大麻神社の社伝には、麻を植え、殖産興業を進めたことが記されています。阿波忌部は、大麻山を中心とする地域や、西讃、三豊平野などに進出したと考えられています。

また、阿波忌部の一派である天富命の孫、鷲住王は、讃岐国造となり、飯野山の近くに居を構えました。飯野山の南山麓には、鷲住王を祭神とする坂本神社が祀られています。

香川県内の忌部氏ゆかりの神社

香川県内には、讃岐忌部氏や阿波忌部氏ゆかりの神社が多数存在します。

忌部神社：三豊市豊中町笠田竹田にあり、手置帆負命を祀ります。
五社明神：三豊市三野町大見竹田にあり、手置帆負命を祀ります。
荒魂神社：三豊市仁尾町仁尾江尻にあり、手置帆負命、彦狭知命などを合祀しています。
宇賀神社：三豊市豊中町笠田笠岡にあり、笠縫神を祀っています。
厳島神社：三豊市財田町財田上大畑にあり、手置帆負命などを合祀しています。
粟井神社：観音寺市粟井町にあり、天太玉命を祀ります。
御輿連社：天太玉命を迎えた際に立ち寄ったとされる場所で、現在は粟井ダムの直下に移されています。
飛羅岐社：天太玉命を迎えた際に弁当を食べたとされる場所で、現在は集落に移されています。
鷲尾神社：仲多度郡まんのう町十郷にあり、天日鷲命を祀ります。
麻部神社：三豊市高瀬町上麻にあり、天日鷲命を祀ります。
大麻神社：善通寺市大麻町上ノ村山にあり、天太玉命を祀ります。
坂本神社：丸亀市飯山町山の越にあり、鷲住王を祀ります。
一王子神社：丸亀市飯山町東坂元にあり、鷲住王の王子である秋津根王を祀ります。
三所神社：丸亀市本島町浦内にあり、手置帆負命などを祀ります。
楠尾神社：高松市国分寺町新居にあり、手置帆負命が創建したと伝えられています。
屋島神社内山祇神社：高松市屋島町東潟元にあり、手置帆負命、彦狭知命などを祀ります。
ちきり神社内工初神社：高松市仏生山町百相上町にあり、手置帆負命、彦狭知命を祀ります。
多和神社：さぬき市前山にあり、手置帆負命を祀ります。
誉田八幡神社：東かがわ市引田にあり、手置帆負命の末裔である忌部正國が創祀しました。

関係する古墳群

御本祖古墳：三豊市豊中町大字笠田竹田にあり、讃岐忌部氏の祖神を祀る神社所有地にある前方後円墳です。
野田院古墳：善通寺市善通寺町野田にあり、大麻山にある盟主的な古墳です。

金毘羅さんとの関連

手置帆負命は、手を置いて長さを測る「天御量」の方法で帆を製作したことから、船大工であった可能性が指摘されています。金刀比羅宮（こんぴらさん）は、塩飽諸島の人々によって信仰が広まりましたが、彼らは大麻山や象頭山を眺めて天候を判断していました。象頭山は、古代からの神奈備山であり、同時に天候を占う日和山でした。手置帆負命の末裔は、象頭山周辺の楠で船を造り、大麻山の麓の麻で帆を張って瀬戸内海を航行した可能性も考えられています。

手置帆負命を祭神とする神社（香川県外）

香川県外にも、手置帆負命を祀る神社が存在します。

由加神社：岡山県倉敷市児島由加山にあり、手置帆負命、彦狭知命などを祀ります。
* 莫越山神社：千葉県南房総市丸山町にあり、手置帆負命、彦狭知命を祀ります。

まとめ

讃岐忌部氏は、古代讃岐の文化を支えた重要な一族です。彼らは、朝廷への貢納や建築祭式、地域開発、さらには竹取物語など、多岐にわたる分野でその足跡を残しています。これらの歴史的背景を理解することで、讃岐地方の文化や歴史に対する理解を深めることができるでしょう。

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