1975年の文学

1975年の文学界

1975年（昭和50年）は、国内外で多様な作品が生み出され、様々な出来事が文学シーンを彩った年でした。

文学賞の動向

この年、国内の最も注目される文学賞である芥川龍之介賞と直木三十五賞は、例年通り上半期と下半期に分けて選考が行われました。

第72回（1974年下半期）の選考会は年明け早々の1月16日に開催されました。
芥川賞には、日野啓三氏の『あの夕陽』と阪田寛夫氏の『土の器』が選ばれました。
直木賞は、半村良氏の『雨やどり』と井出孫六氏の『アトラス伝説』が受賞しています。

第73回（1975年上半期）の選考は夏に行われました。
芥川賞には、長崎を拠点に活動し、被爆体験を主題とする林京子氏の『祭りの場』が輝きました。同作は同年の群像新人文学賞（第18回）も受賞しており、大きな注目を集めました。
一方、直木賞はこの回は「該当作なし」という結果になりました。

その他の主要な文学賞では、谷崎潤一郎賞（第11回）を水上勉氏の『一休』が、独特な文体で人気を博した森茉莉氏の『甘い蜜の部屋』が泉鏡花文学賞（第3回）を受賞しています。

話題の出版物

1975年には、多くの著名な作家が新作を発表しました。

小説分野では、安部公房氏の『ウエー 新どれい狩り』、川端康成氏の遺稿である『天授の子』、檀一雄氏の晩年の大作『火宅の人』、丸谷才一氏の『横しぐれ』、三浦綾子氏の『細川ガラシャ夫人』、三木卓氏の『震える舌』などが刊行されました。また、先述の水上勉氏の『はなれ瞽女おりん』や森茉莉氏の『甘い蜜の部屋』もこの年に発表されています。

特に大きな話題となったのは、有吉佐和子氏の『複合汚染』です。公害問題に鋭く切り込んだこの作品は、4月に上巻、7月に下巻が新潮社から刊行され、深刻な環境問題を提起するノンフィクションノベルとして広く読まれ、1975年の年間ベストセラー総合部門で第2位を記録するヒットとなりました。

そして、この年の年間ベストセラー総合部門の第1位に輝いたのは、司馬遼太郎氏の歴史小説『播磨灘物語』（講談社）でした。戦国武将・黒田官兵衛を主人公にしたこの作品は、司馬氏ならではの歴史観と筆致で多くの読者を惹きつけました。

小説以外の分野では、安部公房氏のエッセイ集『笑う月』、映画評論家の小林信彦氏による『われわれはなぜ映画館にいるのか』、ジャーナリストの立花隆氏による『中核VS革マル』、和田誠氏のイラストエッセイ『お楽しみはこれからだ』などが刊行され、それぞれ反響を呼びました。

文学界をめぐる出来事

この年、文学界に衝撃を与えた出来事の一つとして、3月29日の文芸評論家・小説家である村上一郎氏の自殺が挙げられます。村上氏は三島由紀夫氏に深く共感しており、その最期は日本刀を用いての壮絶なものでした。

また、10月9日には、小説家・文芸評論家として長く活動した林房雄氏が逝去されました。

惜しまれつつ逝去した文学者たち

1975年は、国内外の多くの著名な文学者や思想家たちが惜しまれつつこの世を去った年でもありました。

国内では、作家の間宮茂輔氏（1月12日、享年75）、日本民主主義文学同盟初代議長の江口渙氏（1月18日）、『ゴジラ』の原作者として知られる小説家の香山滋氏（2月7日、享年70）、詩人の村野四郎氏（3月2日、享年73）、文芸評論家の村上一郎氏（3月29日、享年54）、児童文学者の那須辰造氏（4月5日、享年70）、小説家・ジャーナリストの梶山季之氏（5月11日、享年45）、編集者・作家の野村尚吾氏（5月15日、享年63）、詩人の金子光晴氏（6月30日、享年79）、詩人の壺井繁治氏（9月4日、享年77）、小説家・文芸評論家の林房雄氏（10月9日、享年72）、詩人・画家の辻まこと氏（12月19日、享年62）などが亡くなりました。

海外でも、イギリスの小説家P・G・ウッドハウス氏（2月14日、享年93）、ロシアの思想家・文芸批評家ミハイル・バフチン氏（3月7日、享年79）、フランスの著述家ロベール・アロン氏（4月19日、享年76）、アメリカのSF作家マレイ・ラインスター氏（6月8日、享年78）、中国の漫画家・翻訳家豊子愷氏（9月15日、享年76）、1960年にノーベル文学賞を受賞したフランスの詩人サン＝ジョン・ペルス氏（9月20日、享年88）、アメリカの小説家レックス・スタウト氏（10月27日、享年88）、イタリアの映画監督・小説家・詩人ピエル・パオロ・パゾリーニ氏（11月2日、享年53）、ドイツ出身で亡命先の米国で活躍した思想家ハンナ・アーレント氏（12月4日、享年69）といった、文学や思想の分野に大きな足跡を残した人々がこの世を去りました。

このように1975年は、ベストセラー作品の誕生や新たな才能の登場、そして多くの偉大な文学者たちの逝去など、様々な側面から文学史に刻まれる一年となりました。



参考文献

『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』新潮社、2005年
『川端康成全集35巻 雑纂2』新潮社、1983年
保昌正夫 編『新潮日本文学アルバム16 川端康成』新潮社、1984年
高野斗志美 編『新潮日本文学アルバム51 安部公房』新潮社、1994年

関連項目

文学賞の一覧 (※Wikipediaへのリンク例です)
[ ]内は表示テキスト、( )内はURL)

もう一度検索