1988年の文学

1988年の文学界

1988年（昭和63年）の日本の文学界は、新しい才能の登場や人気作品のヒット、そして新たな文学賞の創設など、様々な動きが見られた年でした。同時に、長年にわたり日本の文学を支えてきた巨星たちが次々と亡くなるなど、静かな変化も進行していました。

主な出来事

年の始まりには、前年下半期にあたる第98回芥川龍之介賞と直木三十五賞の選考会が1月13日に開催され、注目が集まりました。その後も、年間を通じて文学賞の発表が続きます。

特に大きな話題となったのは、若手作家である吉本ばななの活躍です。1月30日に作品集『キッチン』が福武書店から出版されると、これが驚異的な売上を記録。1988年の年間ベストセラー総合17位、さらに翌1989年には総合2位に躍り出るという異例のヒットとなりました。彼女はその後も精力的に作品を発表し、8月5日には同じく福武書店より『うたかた／サンクチュアリ』を刊行。これも翌年の年間ベストセラー総合6位となるなど、社会現象とも言える人気を博しました。年末の12月15日には、角川書店から『哀しい予感』が出版され、これも翌1989年に年間ベストセラー総合7位を記録しています。

この年には、文学賞における大きな動きもありました。5月20日には、故・山本周五郎の功績を記念する「山本周五郎賞」と、小説家・三島由紀夫の名を冠した「三島由紀夫賞」が新設され、それぞれの第1回受賞作が発表されました。山本周五郎賞は山田太一の『異人たちとの夏』が、三島由紀夫賞は高橋源一郎の『優雅で感傷的な日本野球』が受賞し、新たな文学賞の歴史が始まりました。

文学研究の分野では、7月に学習院時代の三島由紀夫が友人・東文彦に宛てた書簡72通が文芸誌『新潮』で紹介され、若き三島由紀夫の思想や日常を垣間見ることができる貴重な資料として注目を集めました。

海外の文学界では、アメリカの短編小説を代表する作家、レイモンド・カーヴァーが8月2日に肺がんのため50歳の若さで亡くなりました。その訃報は、日本の文学愛好家にも大きな衝撃を与えました。

新人作家の登竜門である「海燕新人文学賞」の第7回選考会が9月8日に開かれ、太田健一と小川洋子という二人の新しい才能が選出されました。

秋には、村上春樹の長編小説『ダンス・ダンス・ダンス』が10月13日に講談社から発売され、これもまたベストセラーとなりました。1988年の年間ベストセラー総合6位にランクインし、多くの読者を獲得しました。

主な文学賞

1988年には、上半期と下半期それぞれで権威ある文学賞が発表されています。

芥川龍之介賞・直木三十五賞
第98回（1987年下半期）
芥川賞：池澤夏樹『スティル・ライフ』、三浦清宏『長男の出家』
直木賞：阿部牧郎『それぞれの終楽章』
第99回（1988年上半期）
芥川賞：新井満『尋ね人の時間』
直木賞：西木正明『凍れる瞳』『端島の女』、景山民夫『遠い海から来たCOO』

国内のその他の主な文学賞
谷崎潤一郎賞（第24回）：該当作なし
泉鏡花文学賞（第16回）：泡坂妻夫『折鶴』、吉本ばなな『ムーンライト・シャドウ』
群像新人文学賞（第31回）：石田郁男『アルチュール・エリソンの素描』
野間文芸新人賞（第10回）：吉目木晴彦『ルイジアナ杭打ち』
海燕新人文学賞（第7回）：太田健一『人生は擬似体験ゲーム』、小川洋子『揚羽蝶が壊れる時』
山本周五郎賞（第1回）：山田太一『異人たちとの夏』
* 三島由紀夫賞（第1回）：高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』

注目の出版物

この年に刊行された主な小説には、既に触れた吉本ばななの諸作品や村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』のほか、栗本薫『アンティック・ドールは歌わない』、佐藤愛子『凪の光景』、高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』、藤堂志津子『マドンナのごとく』、船戸与一『伝説なき地』、丸谷才一『樹影譚』などがあります。評論や随筆などの分野では、木村陽二郎の『江戸期のナチュラリスト』や平原毅の『英国大使の博物誌』、村上春樹とF・スコット・フィッツジェラルド共著（編著）の『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』なども刊行されています。

文学界から去った人々

1988年は、多くの著名な文学者が惜しまれつつ世を去った年でもありました。海外では前述のレイモンド・カーヴァー（享年50）の他、ユダヤ系ドイツ人作家のローゼ・アウスレンダー（享年86）、アメリカのSF作家ロバート・A・ハインライン（享年80）、イギリスの詩人テッド・ヒューズ（享年58）らが亡くなりました。

日本の文学界では、フランス文学者の桑原武夫（享年83）、文芸評論家の山本健吉（享年81）と中村光夫（享年77）、映画字幕翻訳家・翻訳家の清水俊二（享年81）、演劇評論家の武智鉄二（享年75）、英文学者の小津次郎（享年68）、児童文学作家の赤木由子（享年60）などが逝去しました。そして年末の12月25日には、戦後文学を代表する小説家の一人である大岡昇平が79歳で亡くなり、文学界に大きな喪失感をもたらしました。また、自然への深い洞察に満ちた詩を残した詩人の草野心平も11月12日に85歳で亡くなっています。

1988年は、新しい潮流が生まれつつも、時代の節目を感じさせる出来事が多かった一年と言えるでしょう。

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