アフメト3世

アフメト3世：オスマン帝国の変革と黄昏

アフメト3世（1673年12月30日 - 1736年7月1日）は、オスマン帝国の第23代皇帝（在位：1703年 - 1730年）として、激動の時代を生きました。父は第19代皇帝メフメト4世、兄は第22代皇帝ムスタファ2世であり、ムスタファ3世とアブデュルハミト1世という二人の皇帝を子に持ちます。彼の治世は、列強との戦争への対応と並行して、西欧文化の積極的な導入を奨励し、「チューリップ時代」と呼ばれる文化的な繁栄をもたらしたことで知られています。

生涯

即位前

1673年、アフメトはギュルヌシュ・スルタンとメフメト4世の間に、現在のブルガリアであるドブリチで誕生しました。父メフメト4世は、アフメトの誕生時、ポーランド遠征からの帰還途中に狩りをしていました。1675年には、兄ムスタファ（後のムスタファ2世）と共に割礼を受け、盛大な祝祭が20日間にわたって催されたといいます。アフメト皇子の教育は1679年に始まり、家庭教師フェイズッラー・エフェンディのもとで、歴史、音楽、詩、書道などを学びました。特に読書を好んだと伝えられています。エディルネでの皇子時代には、後に大宰相となるネヴシェヒルリ・イブラヒムと親交を深めました。

対ヨーロッパ戦争

1703年、兄ムスタファ2世が宮廷をイスタンブールからエディルネに移していたことが、イェニチェリの不満を買い、反乱が発生しました。彼らはムスタファ2世の側近フェイズッラー・エフェンディを殺害し、ムスタファ2世を退位に追い込みました。アフメト3世は、この危機的状況下で擁立され即位、フェイズッラーの遺産を没収してイェニチェリに給料を支払い、宮廷をイスタンブールに戻して事態を収拾しました。

当時、ロシア・ツァーリ国はピョートル1世（大帝）のもとで台頭し、1700年のコンスタンティノープル条約によってアゾフ周辺を奪取、黒海への進出を窺っていました。また、バルカン半島ではオーストリアが南下し、1699年のカルロヴィッツ条約によってハンガリー王国を失い、オスマン帝国は衰退の時代を迎えていました。

アフメト3世は1705年に土地法を改正したため、「立法者」と呼ばれるようになりました。治世の最初の3年間で4人の大宰相が交代しましたが、1706年にチョルルル・アリ・パシャが大宰相に就任してからは、しばらく安定しました。チョルルルは、オスマン帝国軍の軍規を厳格にし、海軍に最初の兵器を導入するなど、軍事改革に尽力しました。また、彼は戦争への介入には一貫して反対しました。

大北方戦争では、スウェーデン王カール12世とロシアのツァーリ・ピョートル1世がバルト海の覇権を争い、オスマン帝国は1708年から両国から協力を要請されていました。ロシアとはアゾフを巡る確執があり、スウェーデンがウクライナ・コサックのヘーチマン・イヴァン・マゼーパを味方に付けたことを知ると、主戦派はスウェーデンとの同盟を主張しました。しかし、アフメト3世は同盟を拒否し、ロシアがレスナーヤの戦いでスウェーデン軍を弱体化させ、ウクライナ・コサックの多くがマゼーパを見捨てロシアに留まると、消極的になりました。1709年には、属国のクリミア・ハン国にロシアへの敵対行為を禁止し、中立化しました。

しかし、1709年7月、ポルタヴァの戦いに敗れたカール12世が南ロシアから黒海経由でオスマン帝国に亡命すると、アフメト3世は彼をモルダヴィアのベンデルに迎え入れました。ロシアの徹底抗戦を主張するカール12世とフランスのオスマン帝国駐在大使の宮廷工作により、主戦派が台頭し対ロシア戦争を主張しました。それでも大宰相のチョルルルは戦争に反対していましたが、スウェーデン側はチョルルルが賄賂を受け取っていると非難しました。1710年、チョルルルは大宰相を解任され、アフメト3世はピョートル1世の侵攻に対抗するため、ロシアに宣戦布告しました。

属国のモルダヴィア公ディミトリエ・カンテミールとワラキア公コンスタンティン・ブルンコヴェアヌが帝国からの独立を企て、ピョートル1世と結んでロシア軍と合流しましたが、1711年にオスマン帝国軍はプルート川の戦いで勝利し、直後に結ばれたプルート条約でアゾフをロシアから返還させ、ロシアを黒海から締め出しました。属国の反乱も鎮圧され、カンテミールは所領を失いロシアへ亡命、ブルンコヴェアヌはオスマン帝国に捕らえられ処刑されました。

戦闘中、ピョートル1世を捕らえる機会がありましたが、プルート条約締結によって講和が成立し、ピョートル1世を逃してしまいます。また、締結後もロシアとの戦争を促すカール12世との確執を深め、スウェーデンとの同盟は解消され、1713年にカール12世をエディルネ近郊へ移送しました。翌1714年、カール12世はオスマン帝国からスウェーデン領ドイツへ移動してスウェーデンへ帰国しましたが、不在の間に戦局は悪化し、彼は戦死、大北方戦争はスウェーデンの敗北となりました。

1714年、ヴェネツィア共和国とペロポネソス半島を巡り戦争を起こし（オスマン・ヴェネツィア戦争）、1716年からはオーストリアがヴェネツィア側として参戦すると、オスマン帝国はバルカン半島でも戦端を開きました（墺土戦争）。1716年、大宰相シラーダーリ・ダマト・アリ・パシャはオーストリアの要塞ペトロヴァラディン（ペーターヴァルダイン）を奪還しようと遠征に向かいましたが、オーストリア軍総司令官のプリンツ・オイゲンの前に敗死（ペーターヴァルダインの戦い）。後任のハジ・ハリル・パシャは翌1717年にオーストリア軍に包囲されたセルビアの首都ベオグラード救援に向かいましたが、オイゲンに敗れた上、ベオグラードも奪われました（ベオグラード包囲戦）。1718年のパッサロヴィッツ条約で、オスマン帝国はペロポネソス半島をヴェネツィアから獲得しましたが、セルビア北部とワラキアの西部をオーストリアに譲り、バルカン半島の領土を再度失いました。以後は平和政策に転換し、ヨーロッパの文化を導入していきました。

西欧文化の導入

オーストリアとの講和後は、西欧諸国との関係を修復し、大宰相ネヴシェヒルリ・イブラヒム・パシャの補佐を受けて、西欧諸国の文化を積極的に取り入れ、帝国の繁栄を築き上げました。軍事支出が抑制され財政は好転し、イスタンブールを中心として建築・再開発が進められました。

1719年、イブラヒム・パシャはオーストリアのウィーンへ使節を派遣したのを皮切りに、1720年と1721年にはフランスのパリ、1722年と1723年にはロシアのモスクワに使節を派遣してヨーロッパと修好を結び、同時に使節にヨーロッパに関する情報を集めさせました。指示を受けたフランス使節イルミセキズ・チェレビーはフランスの建物について詳しく書き記し、イブラヒム・パシャはこれらを参考にイスタンブールに西欧文化を導入、次々と新しい施設を建てました。1722年にはアフメト3世の離宮としてサーダバード宮殿が造られ、イスタンブールの水路整備と共に給水用と装飾用を兼ねた泉の建物（泉亭）を建設、連日宴会が開かれ華やかな宮廷文化が芽生えていきました。

書物保存のための図書館建設と活版印刷も広まり、イブラヒム・パシャの後援でイブラヒム・ミュテフェッリカが印刷所を開設、ペルシャ語からトルコ語に翻訳した本の印刷・保存が行われていきました。アフメト3世も文化事業を推進、トプカプ宮殿内に図書館を建てたり、西欧諸国からチューリップを大々的に輸入・栽培して大いにチューリップが咲いたため、「チューリップ時代」と称されています。しかし、こうしたアフメト3世の行動は浪費とみなされ、政府に対する反感も生まれました。

晩年

西欧諸国と講和条約を結んだ一方で、災害が頻発しました。1718年にはイスタンブールで火災が発生、1719年には地震が発生しました。また、東のサファヴィー朝との戦いは長期間にわたり、財政の悪化を招きました。イブラヒム・パシャはサファヴィー朝が地方部族の反乱で衰退した状況につけこみ、1723年にロシアと結託してイラン戦役を開始、サファヴィー朝の王タフマースブ2世からタブリーズ・ハマダーンを奪いイラン西部を平定しました。しかし、タフマースブ2世の部将ナーディル・シャーが反撃して戦争が長期化すると、イスタンブールの民衆の不満が高まり（アフシャール戦役）、1730年にイラン遠征軍の編成前に元イェニチェリのパトロナ・ハリルが宮廷を非難してイスタンブールで反乱を扇動（パトロナ・ハリルの乱）、イブラヒム・パシャは反乱軍に処刑され、アフメト3世も退位を余儀無くされ、甥のマフムト1世が新たに擁立されました。

アフメト3世は退位後、トプカプ宮殿に幽閉生活を送り、6年後の1736年に62歳で亡くなりました。

新政権を率いたマフムト1世は、即位から1年後の1731年にパトロナ・ハリルら反乱軍首謀者を処刑して実権を取り戻すと、アフメト3世の政策を継続してアフシャール戦役を終わらせ、ロシア・オーストリアとの戦争（ロシア・オーストリア・トルコ戦争）が再開されると、ロシアとは引き分けに持ち込み、オーストリアからはセルビアを奪回してオスマン帝国をある程度持ち直しました。文化事業は縮小されましたが、西欧導入政策も引き続き継続していきました。

子女

アフメト3世には多くの息子がいましたが、成人したのは以下の6人だけでした。

スレイマン (1710-1732)
シェフザーデ・メフメト (1717-1756)
ムスタファ (1717-1774) :後のムスタファ3世
バヤズィト (1718-1771)
ヌマン (1723-1764)
アブデュルハミト (1725-1789):後のアブデュルハミト1世

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