エピロス専制侯国

エピロス専制侯国とは

エピロス専制侯国（ギリシア語: Δεσποτάτο της Ηπείρου）は、1204年の第4回十字軍によるコンスタンティノポリス占領で東ローマ帝国が一時的に崩壊した際、ニカイア帝国やトレビゾンド帝国などと共に成立した亡命政権の一つです。エピロスは現在のギリシャ北西部に位置し、この地域を拠点に勢力を拡大しました。しばしば「専制公国」とも呼ばれます。

成立の背景

東ローマ帝国では、皇帝に次ぐ地位として「専制公（デスポテース）」の称号が用いられていました。この称号は主に皇帝の嫡男など、後継者候補に与えられていました。1205年、アンゲロス王朝のイサキオス2世の従兄弟であるミカエル1世コムネノス・ドゥーカスが、アルタを首都としてエピロス専制侯国を建国しました。ミカエル1世は、コムネノス家、ドゥーカス家と血縁関係にあり、これらの名を用いていました。

建国当初、エピロス専制侯国はヴェネツィア共和国やテッサロニキ王国に臣従していましたが、1210年以降は反旗を翻し、エピロス地方を支配下に置きました。これにより、東のニカイア帝国と並ぶ一大勢力へと成長しました。

テッサロニキ皇帝を名乗る

ミカエル1世の弟であるテオドロスは、軍事的才能を発揮し、ラテン帝国の皇帝を捕虜にするなど活躍しました。1224年にはテッサロニキ王国を滅ぼし、テッサロニキで皇帝を名乗りました。これにより、東のニカイアと西のエピロスが東ローマ帝国の正統な後継者を主張することになり、この時期のエピロスは「テッサロニキ帝国」と呼ばれることもあります。

衰退と分裂

テオドロスはコンスタンティノポリス奪還を目指しましたが、1230年にブルガリア帝国との戦いに敗北し捕虜となりました。この敗戦によりエピロスの勢力は衰退し、分裂が進みました。代わってニカイア帝国が勢力を拡大し、コンスタンティノポリス奪還の最有力候補となりました。テオドロスの息子ヨハネスは、1242年にニカイア帝国の宗主権を認め、専制公の称号を受けました。

1259年、エピロスは十字軍勢力と同盟してニカイア帝国と戦いますが敗北。1261年にはニカイア帝国がコンスタンティノポリスを奪還し、東ローマ帝国が復活しました。エピロスはその後、テッサリアと分裂し、内部抗争を繰り返しながら衰退していきました。

その後のエピロス

テッサリアは13世紀末に東ローマ帝国の支配下に入り、1318年にはエピロスで専制公が暗殺され、アンゲロス家の血筋が途絶えました。その後、オルシーニ家による支配が続きましたが、内紛により衰退し、1340年には東ローマ帝国に併合されて一旦滅亡しました。

その後、エピロスとテッサリアはセルビア王国の支配下に入りますが、セルビア王の死後、東ローマ帝国から離脱したニケフォロス2世とシメオン・ウロシュ・パレオロゴスが支配を巡り争いました。ニケフォロス2世はエピロスを再建しましたが、アルバニア人との戦いで敗死し、最終的にはシメオンがエピロスとテッサリアを支配しました。

シメオンはエピロスを分割し、北部は娘婿に、南部はアルバニア人族長に与えました。この分割支配もすぐに解体され、テッサリアはギリシア人貴族を経てオスマン帝国に併合されました。エピロスはトッコ家によって統一されましたが、1449年にオスマン帝国に征服され、完全に滅亡しました。

エピロス専制公国とテッサリア君主国の変遷

エピロス専制公国とテッサリア君主国は、その支配者が頻繁に変わり、支配領域も変化しました。以下にその主な変遷をまとめます。

エピロス専制公
ミカエル1世コムネノス・ドゥーカス
テオドロス1世コムネノス・ドゥーカス
ミカエル2世アンゲロス・コムネノス
ニケフォロス1世
トーマース
ニコーラ・オルシーニ
ジョヴァンニ2世オルシーニ
ニケフォロス2世
（東ローマ帝国による支配）
（セルビア王国による支配）
シメオン・ウロシュ・パレオロゴス
（以下、北部ヨアニナの専制公）
トマ・プレリュボヴィチ
エザウ・ブオンデルモンティ
カルロ1世・トッコ
カルロ2世・トッコ
レオナルド3世・トッコ

テッサリア君主
ヨハネス1世ドゥーカス
コンスタンティノス・ドゥーカス
ヨハネス2世ドゥーカス
ステファノス・ガヴリイロプロス
（東ローマ帝国による併合）
（セルビア王国による支配）
（エピロス専制公ニケフォロス2世による支配）
（エピロス専制公・「皇帝」シメオンによる支配）
「皇帝」ヨヴァン・ウロシュ・パレオロゴス
「副帝」アレクシオス・アンゲロス・フィラントロペノス
「副帝」マヌエル・アンゲロス・フィラントロペノス


エピロス専制侯国は、東ローマ帝国の滅亡と復活、周辺諸勢力の興亡が交錯する激動の時代を象徴する存在でした。その歴史は、中世バルカン半島の複雑な政治状況を理解する上で重要な鍵となります。

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