シュンドルボン(The Sundarbans)
シュンドルボンは、
バングラデシュのクルナ管区南部から
インドの
西ベンガル州南24パルガナー県にかけて広がる、広大な
マングローブの原生林地帯です。その総面積は約100万
ヘクタールにも及び、世界最大級の
マングローブ天然林として知られています。
バングラデシュ側が全体の約62%を占め、その広さは約57万7,000
ヘクタールに達します。
この地域は、
ベンガル湾に注ぎ込む
ガンジス川、
ブラマプトラ川、そしてメグナ川が形成する巨大なデルタ地帯に位置しており、泥が平たく堆積した
湿地が特徴です。無数の川や水路、入り江が網の目のように複雑に絡み合うこの独特な
環境が、世界に類を見ない規模の
マングローブ群落を生み出しています。
「シュンドルボン」という名称は、
ベンガル語で「美しい森」を意味する言葉(সুন্দরবন)に由来するとも言われます。しかし、この地域に自生する
アオイ科サキシマスオウノキ属の主要な構成種であるスンドリの木(学名:Heritiera fomes、
ベンガル語で সুন্দরী)にちなんで名付けられたとする説が有力です。
ヒンディー語ではスンダルバン(सुंदरवन)、英語ではThe Sundarbansと呼ばれ、資料によってはシュンダバンズと表記されることもあります。
豊かな生命の宝庫
この地は、その類まれな自然
環境ゆえに、驚くほど多様な生物を育んでいます。陸上には、国際的な保護が必要な絶滅危惧種である
ベンガルトラが生息しており、その生息地としても極めて重要です。その他にも、
群れをなす
アクシスジカ、
サル、そして巨大な
イリエワニ、ユニークな姿のバタグールガメ、さらには
インドニシキヘビといった爬虫類など、様々な
動物が確認されています。また、上空には240種類以上の鳥類が舞い、キガシラウミワシやシロハラウミワシ、色鮮やかなカワセミ類などが観察されます。水辺には多様な魚類が生息し、中にはガンジスメジロザメのようなユニークな種も見られます。特に注目すべきは、沿岸部や河川域で見られる
鯨類の種類の豊富さです。定住性の
ニタリクジラのほか、
カワゴンドウ、
スナメリ、
ミナミハンドウイルカ、マダライルカ、ハシナガイルカ、
ウスイロイルカ、そして希少な
ガンジスカワイルカといった貴重な
鯨類が数多く確認されており、シュンドルボンはまさに「
動物の聖地」と呼ぶにふさわしい場所です。
国際的な保護と評価
シュンドルボンの貴重な自然は、国際的な枠組みによって保護されています。
バングラデシュに属する広大な区域はそのほとんどが政府による厳重な保護下に置かれており、1997年には
国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の
世界遺産(自然遺産)リストに登録されました。また、
インド側には、1987年にすでに自然遺産に登録されていたスンダルバンス国立公園があり、こちらも同様の保護区となっています。さらに、1992年には特に重要な
湿地として
ラムサール条約登録地にも指定され、その生態系の価値が国際的に認められています。
この
世界遺産は、以下の登録基準を満たしています。
基準(9):陸上、淡水、沿岸、海洋生態系および動植物群集の進化・発達における重要な生態学的・生物学的プロセスを示す顕著な見本であること。
基準(10):生物多様性の保全にとって、最も重要かつ意義深い自然生息地を含み、絶滅のおそれのある種の生息地としてすぐれて普遍的価値を持つこと。
これらの基準からもわかるように、シュンドルボンは地球上の生態系の理解や、危機に瀕した生物種の保護において、極めて重要な役割を担っています。
直面する課題
しかし、この貴重な自然遺産は、現在深刻な危機に直面しています。
バングラデシュ政府がシュンドルボン内に大型の
火力発電所の建設計画を進めているためです。ユネスコ
世界遺産センターや
国際自然保護連合(IUCN)といった国際機関は、この計画がシュンドルボンの生態系に与える影響について強い懸念を表明し、警告を発しています。しかし、
バングラデシュ政府は計画の推進を続ける姿勢を見せており、
世界遺産委員会は、最悪の場合にはシュンドルボンを「危機遺産」に指定したり、
世界遺産リストから抹消したりする可能性さえ示唆しています。
地域社会との関わりと季節性
シュンドルボンの周辺地域には、クルナ港やモングラ港といった主要な港湾があり、地域経済との結びつきも存在します。また、気候的にはモンスーンの影響を強く受け、特に
夏場は
サイクロンが頻繁に襲来するため、この地への立ち入りは比較的穏やかな
乾季に限られるのが一般的です。
絶えず変化し続けるデルタの地形、多様な生物が織りなす生態系、そして開発との間で揺れるシュンドルボンは、その壮大なスケールと独特な
環境ゆえに、世界の自然遺産の中でも特異な存在と言えるでしょう。その未来は、国際社会と関係国の取り組みにかかっています。