マヤ語族

マヤ語族：メソアメリカの多様な言語世界

マヤ語族は、メキシコ南部から中央アメリカにかけて広がるメソアメリカ地域で使用される、アメリカ先住民の言語群です。ユカタン半島を中心に、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルなどに分布し、これらの地域は「マヤ地域」と呼ばれています。ただし、ワステコ語だけは、マヤ地域から遠く離れたメキシコ湾岸地方で話されています。現在、マヤ地域ではスペイン語（ベリーズは英語）が公用語となっていますが、それでも約300万人がマヤ諸語を話し続けており、豊かな言語的多様性を維持しています。

マヤ語の分類と現状

マヤ語族には30以上の言語が属しますが、チコムセルテコ語とチョルティ語はすでに絶滅しています。また、ユネスコによって存続が危ぶまれる言語もいくつかあり、イツァ語やモチョ語などがその例です。グアテマラ政府は1996年の内戦終結後、21のマヤ系言語を公的に認め、2003年にはチャルチテコ語を加えて22言語となりました。一方、メキシコ国立先住民言語研究所(INALI)は、マヤ語族を含む68の言語を公式に認めており、そのうち20言語がマヤ語族に属しています。

系統関係と歴史

マヤ語族の起源や他の言語との関係については、さまざまな説が提唱されてきました。アラウコ語族、アメリンド大語族などとの関連が示唆されてきましたが、現時点では、決定的な証拠は見つかっていません。

比較言語学的研究から、マヤ語族の諸言語には共通の祖先言語である「マヤ祖語」が存在したと考えられています。テレンス・カウフマンとジョン・ジャステソンの『マヤ語語源辞典』(PMED)では、3,000以上の語源が再構築されており、マヤ祖語は紀元前2200年以前の言語であると推定されています。マヤ祖語の原郷はグアテマラ高地北部にあったとされ、紀元前2200年頃にワステコ語が最初に分岐したと考えられています。考古学的証拠からは、紀元前800年以前にマヤ人が北部低地へと拡散していったことが示されています。

スペイン人の到来以前、マヤ地域周辺では、ミヘ・ソケ語族、ナワ語群、オト・マンゲ語族、トトナカ語族などの言語が話されていました。これらの言語には、名詞の所有構文、関係名詞、二十進法、動詞が文末にこない語順など共通の特徴が見られ、「メソアメリカ言語圏」を形成していたと考えられています。また、マヤ語族の言語が、ミヘ・ソケ語族やナワ語群に影響を与えたという指摘もあります。

マヤ文明の古典期（250～900年頃）には、マヤ文字が使用され、石碑や壁画、土器などに刻まれました。この文字で書かれた言語を「古典マヤ語」と呼び、チョル語群、特に東部のチョルティ語に近縁だと考えられています。10世紀以降、古代マヤ文明の中心地は衰退しましたが、後古典期においてもマヤ文字と古典マヤ語は使用され続け、現在も後古典期の絵文書がいくつか残されています。

スペインによる植民地化以降、マヤ諸語にはスペイン語からの借用語が多く入り込みました。しかし、長期間の支配にもかかわらず、その影響は意外に小さいとされています。例えば、ケクチ語の場合、語彙の約1割（主に名詞）がスペイン語からの借用語であるという研究結果があります。

マヤ語族の言語一覧

ここでは、言語の分類をSILによる分類に従って示します。詳細な説明は後述します。

ワステコ語派
ワステコ語
チコムセルテコ語（消滅）

ユカテコ語派
イツァ語
ラカンドン語
モパン語
ユカテコ語

チョル・ツェルタル語派
チョル語群
チョル語
チョンタル語
チョルティ語（消滅）
ツェルタル語群
ツォツィル語
ツェルタル語

カンホバル・チュフ語派
チュフ語群
チュフ語
トホラバル語
カンホバル語群
ハカルテコ語
カンホバル語
アカテコ語
モチョ語

キチェ・マム語派
マム・イシル語群
イシル語群
アワカテコ語
イシル語
マム語群
マム語
テクティテコ語
キチェ語群
ケクチ語
ポコム語群
ポコムチ語
ポコマム語
キチェ語群
キチェ語
アチ語
カクチケル語
ツトゥヒル語
サカプルテコ語
シパカペンセ語
ウスパンテコ語

マヤ語族の系統的分類と各語群の特徴

マヤ語族は、ワステコ語、ユカテコ語、チョル・ツェルタル語、カンホバル・チュフ語、キチェ・マム語の5つの語群に大別されます。ただし、トホラバル語の分類については、ツェルタル語群に属するという説とチュフ語に近いとする説があり、まだ統一的な見解はありません。

これらの語群間の関係についても、学者の意見は一致していません。一般的には、ワステコ語が最初に分岐し、次にユカテコ語が分岐したと考えられています。ワステコ語は、他のマヤ諸語と比べて、語彙や文法において大きな違いがあります。

ワステコ語を除く4つの語群のうち、ユカテコ語とチョル・ツェルタル語は「低地マヤ語」、カンホバル・チュフ語とキチェ・マム語は「高地マヤ語」と呼ばれることがよくあります。低地マヤ語には共通の特徴（例えば、口蓋垂音q, qʼがk, kʼに変化するなど）がありますが、これらの類似性は、低地マヤ言語圏内での借用によるものとする説もあります。

各語群の詳細

以下では、主要な5つの語群について、それぞれの特徴や使用状況を詳しく説明します。

ユカテコ語群

ユカテコ語群は、ユカテコ語、モパン語、イツァ語、ラカンドン語の4つの言語からなります。ユカテコ語は、ユカタン半島で約90万人が使用しており、メキシコでは単に「マヤ語」と呼ばれています。スペイン植民地時代から多くの文献が残されており、この地域ではスペイン語話者でもユカテコ語を第一言語とする人がいます。モパン語は主にベリーズで使用され、イツァ語はグアテマラ・ペテン県で、ラカンドン語はメキシコ・チアパス州の一部で使用されています。

チョル・ツェルタル語群

チョル・ツェルタル語群は、チョル語群とツェルタル語群からなります。チョル語群は、チョル語、チョンタル語、チョルティ語（消滅）からなり、古典期の中央低地碑文に書かれた言語に近縁と考えられています。ツェルタル語群は、ツォツィル語とツェルタル語からなり、チアパス州でそれぞれ約20万人が話しています。

カンホバル・チュフ語群

カンホバル・チュフ語群は、チュフ語、トホラバル語、カンホバル語、ハカルテコ語、アカテコ語、モチョ語からなります。これらの言語は、主にグアテマラとメキシコ南部で使用されています。

キチェ・マム語群

キチェ・マム語群は、グアテマラ高地で使用される言語群です。キチェ語、ケクチ語、カクチケル語、マム語などが含まれ、マヤ諸語の中で最も話者人口が多いグループです。『ポポル・ヴフ』は古典キチェ語で書かれたマヤ神話として有名です。

ワステコ語群

ワステコ語群は、ワステコ語と消滅したチコムセルテコ語からなります。ワステコ語はメキシコのベラクルス州とサン・ルイス・ポトシ州で使用され、他のマヤ諸語から最も離れた言語です。

マヤ語族の音韻と文法

音韻

マヤ祖語の音韻体系は、5母音（a, e, i, o, u）、長短の対立、無声破裂音・破擦音・摩擦音、喉頭化子音、有声入破音bʼなどから構成されていたと考えられています。現代のマヤ諸語では、母音体系や子音体系、声調などが言語によって多様な発展を遂げています。

文法

マヤ語族は膠着語であり、豊富な接辞を用いて、主語、目的語の人称・数、時制、態などを表します。主要部標示言語であり、所有構文では所有される名詞に接辞が付きます。能格言語であり、動詞の人称接辞には能格と絶対格を表す二種類があります。多くの言語では、分裂能格の現象が見られます。時制は存在せず、時間は副詞によって表現されます。態は発達しており、逆受動態や受動態、使役態などがあります。位置を表す語が豊富で、数分類詞を持つ言語も多いです。語順は言語によって異なり、VOS型が多いですが、VSO型やSVO型のものもあります。

マヤ文字

マヤ地域では、紀元前300年頃からマヤ文字が使用されていました。1950年代に解読が始まり、表語文字と音節文字の組み合わせであることが分かりました。古典マヤ語は、チョル語群、特に東部のチョルティ語に近縁と考えられています。スペイン植民地化以降は、ラテン文字による表記が主流となりましたが、グアテマラ・マヤ言語アカデミー(ALMG)によって、マヤ語族全言語共通の正書法が定められています。

参考文献

Aissen, J., England, N., & Zavala Maldonado, R. (2017). The Mayan Languages. Routledge.
Campbell, L. (2017). Mayan History and Comparison. In J. Aissen, N. England, & R. Zavala Maldonado (Eds.), The Mayan Languages (pp. 43-61). Routledge.
Kaufman, T. (2017). Lexicon of Proto-Mayan and its earliest descendants. In J. Aissen, N. England, & R. Zavala Maldonado (Eds.), The Mayan Languages (pp. 62-111). Routledge.
* その他、本文中に記載されている文献など。

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