ヴァリャーグからギリシアへの道

「ヴァリャーグからギリシアへの道」は、8世紀から13世紀にかけて存在した、スカンディナヴィアと東ローマ帝国（ビザンツ帝国）を結ぶ重要な水上交易路です。この交易路は、現代のロシア、ウクライナ、ベラルーシを縦断し、スカンディナヴィア、バルト海沿岸、東ヨーロッパ南部、アナトリア半島を結びつけました。ルーシの歴史書『原初年代記』には「ヴァリャーギからグレキへ」と記されています。

地理

この交易路は、河川や湖、そして短い陸路（連水陸路）を組み合わせて構成されていました。以下に主要なルートを説明します。

主幹ルート

1. 北の起点: スカンディナヴィアの商業中心地（シグトゥーナ、ビルカ、ヴィスビューなど）やバルト海南岸。
2. ルーシの地: フィンランド湾からネヴァ川を遡上し、ラドガ湖、ヴォルホフ川、イリメニ湖、ロヴァチ川、クーニヤ川、セリョージャ川と、河川や湖を乗り継ぎます。
3. 連水陸路: 河川が途絶えた地点から、船を陸上輸送（曳航）してトロパ川まで進みます。
4. ドニエプル川へ: トロパ川からダウガヴァ川（西ドヴィナ川）、カースプリャ川、カースプリャ湖を経て、ドニエプル川へつながる小川まで再び陸路を辿ります。
5. 黒海へ: 小川からドニエプル川に入り、ドニエプル川の急流を越えて黒海へ至ります。
6. コンスタンティノープルへ: 黒海沿岸を航行し、コンスタンティノープル（現在のイスタンブール）を目指します。

分岐ルート・他の交易路との接続

ポロツクを経由してダウガヴァ川を下り、バルト海へ直接出るルート
ドルツィ川まで陸路をとり、ドニエプル川沿いに黒海へ出るルート

黒海からは、クリミア半島のペレコープ地峡を越えてアゾフ海へ向かうルートも存在しました。アゾフ海からドン川を遡り、ヴォルガ川を経てカスピ海に至るルートは、「ヴァリャーグからペルシアへの道」としても知られています。

地域区分

歴史学的には、「ヴァリャーグからギリシアへの道」は以下の3つの主要地域に分けられることがあります。

1. 北部: スモレンスク-ノヴゴロド-バルト海間（ルーシ北部と北欧を結ぶ）。
2. 南部: キエフ-コンスタンティノープル間（ルーシ南部とバルカン半島を結ぶ）。
3. 内陸部: キエフ-ノヴゴロド間（キエフ大公国内の商業・交通）。

歴史

この交易路は9世紀初頭に出現し、当初はヴァイキングによる襲撃に利用されましたが、次第に重要な商業路へと発展しました。863年に東ローマ帝国が東地中海の制海権を握ったことで、コンスタンティノープルの貿易拠点としての地位が向上し、「ヴァリャーグからギリシアへの道」の利用が促進されました。

ヴァリャーグ（ヴァイキング）たちはこの航路を習得した後、沿岸地域に移住し、スラヴ人、バルト人、フィン・ウゴル人などと融合しました。9世紀後半には、スラヴ人がヴァリャーグのリューリクを公として迎え、リューリク朝が成立しました。リューリク朝のもとで、ノヴゴロドやキエフなどの都市が発展しました。

交易路の最盛期は10世紀から11世紀前半であり、キエフ大公国のスヴャトスラフ1世、ウラジーミル1世の時代にあたります。しかし、11世紀後半から12世紀にかけて、ルーシと西欧との交易が活発化し、「ヴァリャーグからギリシアへの道」の重要性は低下しました。また、ルーシの分裂、スカンディナヴィア諸国の集権化、東ローマ帝国の衰退なども交易路の衰退に影響を与えました。1204年の第四回十字軍によるコンスタンティノープルの破壊は、ヴェネツィアが貿易の中心地となる要因の一つとなりました。

交易品

この交易路を通じて、様々な商品が取引されました。

スカンディナヴィア: 生鉄、セイウチの骨、クジラの革製品、琥珀、武器、西ヨーロッパで略奪した品（フランスワイン、宝石、貴金属、絹織物など）。
東ローマ帝国: ワイン、香辛料、宝石、ガラス製品、高価な織物、イコン、書物。
バルト地域: 琥珀。
ルーシ北部（ノヴゴロド）: 毛皮、革、亜麻織物、木材、蜂蜜、蝋、錬鉄製品、陶器、武器。
ルーシ南部（キエフ）: 穀物、工芸品、美術品、スレート製紡ぎ車の部品。
ルーシ全体: 奴隷。

船舶と産業

スカンディナヴィアやバルト海では、クナールと呼ばれる小型船が用いられました。12世紀にはノヴゴロドの人々にシュネーカと呼ばれる船が用いられました。ルーシでは、ラディヤーまたはローディヤと呼ばれる船が用いられ、河川や海の航行に利用されました。

交易路の要所であるトロペツやスモレンスクでは、航路に関連した産業が発展しました。船舶の曳航や木材の運搬、造船などが行われました。また、航海士や舵手といった専門家が、航路の安全を確保しました。

懐疑的な説

一部の研究者は、「ヴァリャーグからギリシアへの道」が主要な交易路であったことに疑問を呈しています。彼らは、地理的な困難さ、文献資料の不足、考古学的証拠の少なさを根拠としています。

地理学的見地: 複数の陸路を辿る必要があり、他の河川ルートの方が効率的である。
歴史学的見地: スカンディナヴィアのサガや東ローマの資料に、この航路に関する記述が少ない。
* 考古学的見地: 交易路沿いで東ローマ起源の発見物が少ない。

ただし、サンベルタン年代記には、839年に東ローマの宮廷にルーシから派遣されたスカンディナヴィア人に関する記述が存在します。

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