今井 (川崎市)

今井（いまい）：川崎市 中原区に存在した旧大字

今井は、かつて神奈川県川崎市中原区に存在した大字です。その歴史は古く、中世以前から人々の生活が営まれていました。多摩川の恵みを受け、農業が盛んな地域でしたが、時代の変遷とともにその姿を変え、2015年に住居表示が実施されたことで、その名前は地図から姿を消しました。

地理

今井は、多摩川低地帯の中央に位置し、東端を二ヶ領用水が流れていました。土地は平坦で、全体として緩やかな傾斜があるのが特徴です。古くは「東西3町余、南北10町余」と記録されており、多摩川の洪水の影響を受けやすい地域でした。土質は川に近いほど砂混じりでした。

隣接する地域としては、北は上小田中、東は二ヶ領用水を挟んで小杉や市ノ坪、南は木月、西は下小田中と接していました。この地理的な特性が、今井の歴史や文化に大きな影響を与えてきました。

歴史

中世以前

この地域では、条里制が行われていたと推定されています。隣接する小田中や井田は、平安時代末期の文書に登場しますが、今井が文献に登場するのは1559年の「小田原衆所領役帳」が最初です。この文書には「稲毛庄木月郷今井やけへ方」と記されており、当時の今井が「木月郷」の一部であったことが伺えます。

江戸時代

今井が1つの村として確立したのは江戸時代に入ってからです。この頃から、天領と旗本領が入り乱れる複雑な状況でした。1705年には、天領と筒井氏領が増上寺に寄進され、以降は同寺領と勝部氏領となりました。増上寺領はさらに「御仏殿領」と「新御仏殿領」に二分され、今井村には3人の名主が存在するという、複雑な支配体制となっていました。

村高は時代とともに変動し、「武蔵田園簿」では268石3斗あまり、「元禄郷帳」では309石2斗あまり、「天保郷帳」では309石3斗あまり、幕末の「旧高旧領取調帳」では308石9斗あまりでした。家数は「新編武蔵風土記稿」によると40軒でした。

水利は二ヶ領用水とその分流に依存し、悪水は渋川へと流していました。水田が多く、幕末には渋川の水車を利用した白玉粉作りも行われていました。しかし、当地は将軍の鷹狩り場に指定されていたため、新しい寺社や家屋敷の建設が禁止されるなど、厳しい制約が課せられていました。

鷹狩り場へ向かうための橋が二ヶ領用水に架けられていましたが、生類憐れみの令により鷹狩り場が廃止されると、幕府の管理が行き届かなくなり、村だけで維持することが困難となりました。一時的な勧進による復旧を経て、鷹狩り場の復活とともに幕府の命令により橋の修繕が行われることになります。しかし、今井村だけの負担が大きいため、中丸子や市ノ坪も人足を出すこととなりました。1707年の富士山噴火では、火山灰により大きな被害を受けましたが、幕府からの救済金は十分ではありませんでした。

明治以降

明治維新後、今井は行政上、住吉村、中原町、川崎市と変遷していきました。農業が主産業でしたが、二ヶ領用水沿いの道が橘樹郡道に指定されたことで、沿道に商店が形成されていきました。また、南武鉄道（現在の南武線）が村の北部を分断するように敷設されたことも、大きな変化でした。大正末期からは、農地で桃の栽培が盛んになりました。

川崎市に編入された後、耕地整理が行われ、「今井」を冠する4つの町が設置されました。これにより、大字としての今井はわずかに残るのみとなりました。

地名の由来

「今井」という地名の由来は、「今」が新しいという意味、「井」が井戸に限らず湧水や溜池といった水利を意味することから、「新しい用水により開かれた村」というような意味だと考えられます。この地名は中世以降に多く見られるようになり、東国に多い傾向があります。

沿革

1559年（永禄2年）- 「小田原衆所領役帳」に「稲毛庄木月郷今井やけへ方」と記載
1590年（天正18年）- 徳川家康が江戸に入府。当地は天領と旗本領が混在する。
1611年（慶長16年）- 二ヶ領用水が完成。
寛永年間 - 御鷹場に指定される。
1705年（宝永2年）- 天領と筒井氏領が増上寺へ寄進される。
1707年（宝永4年）- 宝永大噴火により被害を受ける。
1737年（元文2年）- 惣百姓が月番年寄の罷免を求める。
1854年（嘉永7年）- 水車が作られる。
1868年（明治元年）- 明治維新により、神奈川県所属となる。
1874年（明治7年）- 大区小区制施行により、第4大区第7小区に属する。
1889年（明治22年）- 町村制施行により、住吉村の大字となる。
1925年（大正14年）- 住吉村と中原村が合併し、中原町今井となる。
1927年（昭和2年）- 南武鉄道が開通し、北部が分断される。
1933年（昭和8年）- 中原町が川崎市に編入され、川崎市今井となる。
1940年（昭和15年）- 耕地整理により、今井上町・今井仲町・今井南町・今井西町が設置される。
1972年（昭和47年）- 川崎市が政令指定都市となり、中原区に所属。
2015年（平成27年）- 住居表示実施により今井南町に編入され消滅。

小字

地租改正以降、今井には以下の小字が存在しました。

北耕地：現在の今井上町
中央耕地：現在の今井仲町・今井南町の一部
西耕地：現在の今井西町
南耕地：現在の今井仲町・今井南町の一部
巽耕地：現在の今井南町の一部。東急東横線の高架下に残存していたが、住居表示の実施に伴い今井南町に編入された。

施設

南武鉄道線（現南武線）：当地に駅はなし
今井神社：村内の神社が合祀された。
大乗院：今井で唯一の寺院。

脚注

[参考文献]
「今井村」『新編武蔵風土記稿』巻ノ63橘樹郡ノ6、内務省地理局、1884年6月。
『川崎の町名』日本地名研究所編、川崎市、1995年。
『川崎地名辞典（上）』日本地名研究所編、川崎市、2004年。
『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年。
新中原誌刊行会『川崎新中原誌』有隣堂、1977年。

今井は、その歴史の中で様々な変遷を経て、その名前を地図から消しましたが、その歴史は今もなお、語り継がれています。

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