兕

兕（じ/し）: 古代中国における神秘的な一本角の獣

兕（じ、し、拼音: sì）は、古代中国の文献において言及される動物の一種で、牛に似た特徴を持ち一本の角を有する獣です。その存在は『論語』や『荘子』など先秦の多くの文献において、「虎」や「蛟」と並ぶ猛獣として描かれています。

兕の特徴と文献における言及

『爾雅』郭璞の注釈によると、兕は青黒い色を持ち、その体重は千斤にも及んだとされています。また、『山海経』では、兕が「犀」と限定されずに、中国内外の多様な地域に生息していたことが記述されています。兕は牛に似る一方で、犀は豚に類似するという違いも示されています。このように、兕は古代の文脈において多様な解釈がなされてきました。

兕は特に楚国と深い関係があり、『古本竹書紀年』には、周の昭王が楚に南征した際に兕と遭遇したという逸話があります。このように、楚の君主が雲夢の地で狩りに出かけ、兕を捕獲する様子が記されています（例: 『公孫龍子』跡府篇、また『戦国策』楚策一、『楚辞』招魂の例など）。

さらに、『周礼』の考工記には、兕や犀の皮が古代兵士の甲冑の材料として使用されていたことが記載され、これは楚の人々の習慣であったと『荀子』の議兵篇でも触れられています。近代に発見された甲骨文や器物においても、兕の痕跡が見受けられます。

受容と文化的影響

後漢時代に発見された画像石（1973年、河南省南陽市出土）には、兕と推定される一角の獣が描かれています。その後、漢代から魏晋南北朝時代にかけて、兕は瑞獣として扱われることが増えました。これは、讖緯思想の影響や獬豸との混同がその原因とされています。平安時代の日本においても、兕に似た守護獣の像が存在し、『延喜式』においては狛犬のような役割を果たしました。

また、明代の小説『西遊記』には、兕が登場し、文化的なアイコンとしての地位を確立しました。

兕の正体とは何か

現代において、兕が実在の生物であったか架空の生物であったかは意見が分かれています。ある研究者は兕を「インドサイ」と同定する説を唱えていますが、そのほかの考察ではメスの犀と見る説も提唱されています。近年の考古学や古生物学の進展によれば、先秦の時代には「野生のスイギュウ」を指していたという考えが提唱されています。これは漢代以降、犀と混同されていったことに起因しているとされています。

兕觥について

古代詩文である『詩経』には、兕に因んだ「兕觥」（じこう）という酒器が頻繁に登場します。現代の研究では、この兕觥は一種の注酒器であり、怪獣の体を模倣したとされていますが、異なる説では兕の角を模った円錐形の飲酒器であるとも言われています。清代の古物図録に載せられた円錐形の兕觥の図がその証拠となります。この器は宴席において不正があった者に罰として飲ませるために使用されるもので、その形状から飲み干さざるを得ないように設計されていたと考えられています。

結論

兕は古代中国の神秘的な生物であり、その存在は多くの文献や文化に影響を与えてきました。麾下の文献や伝承から、その姿や役割を知ることができる兕は、今でも研究の対象として興味深い存在であると言えます。

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