前奏曲 (ドビュッシー)

クロード・ドビュッシー 前奏曲集

クロード・ドビュッシーが作曲したピアノのための前奏曲集は、全24曲からなり、各12曲を収めた『前奏曲集 第1巻』と『前奏曲集 第2巻』の2つの曲集で構成されています。第1巻は1910年、第2巻は1913年に完成しました。

概要

バッハの『平均律クラヴィーア曲集』やショパンの『24の前奏曲』と同様に、24曲からなる前奏曲集ですが、24の調に1曲ずつを割り振ったものではありません。ピアノのための小品集でありながら、ドビュッシーの作曲技法の試みや音楽的な美しさにおいて、彼の後期における重要な作品の一つと位置づけられています。

第1巻

1909年12月から翌年2月にかけて、約2ヶ月の間に集中的に作曲されました。古代ギリシャ、イタリア、スコットランド、スペイン、イギリス、アメリカ、フランスといった世界各国の音楽や芸術文化に触発され、それらを反映した多彩な小品集となっています。初演は、1910年5月5日にドビュッシー自身により第1、2、10、11曲が演奏され、全曲初演は1911年5月3日にジャーヌ・モルティエによって行われました。

第2巻

1911年末から1913年初めにかけて作曲されました。第11曲「交代する三度」が作曲された時期は、ドビュッシーがストラヴィンスキーの音楽に出会った時期と重なり、彼の音楽的革新に影響を与えたと考えられています。第1巻とは対照的に、独創的な音楽的想像力と技法の革新性に満ちた内容で、幻想的な雰囲気が漂う作品となっています。全12曲が3段譜で書かれているのも特徴です。初演は、1913年3月5日にドビュッシー自身により最初の3曲が行われました。

題名表記

初版楽譜では、各曲の題名は楽譜の冒頭ではなく、最後のページの下に右寄せで表記されています。これは、ドビュッシーが題名をあくまで付加的なものと考え、標題音楽として捉えすぎないように意図したためです。この表記法は、ジャック・イベールのピアノ曲集『物語』などにも受け継がれています。

各曲の詳細

いくつかの曲には、ドビュッシーが当時好んだ新しい響きが用いられています。

第1巻

第1曲 デルフィの舞姫
古代ギリシャの聖域デルポイを舞台に、巫女が厳かに歩む情景を描いています。三拍子でサラバンド風の動きの中に古代の雰囲気が醸し出されています。
第2曲 ヴェール（帆）
全音音階を多用し、雲間から光が差すように五音音階が現れます。題名は「ヴェール」と「帆」の両方の意味を持つ言葉が使われています。
第3曲 野を渡る風
トッカータ風の曲で、吹き抜ける風を巧みに表現しています。ヴェルレーヌの詩の一節から題名が付けられています。
第4曲 夕べの大気に漂う音と香り
ボードレールの詩から題名が採られ、夕暮れのイメージを、流動的なリズムと様々な和音で表現しています。
第5曲 アナカプリの丘
タランテラのリズムが地中海の明るさを描き、中間部ではナポリ民謡風の旋律が歌われます。冒頭の鐘の音を模したフレーズが全体を貫いています。
第6曲 雪の上の足跡
エレジーであり、持続的なリズムが凍りついた寂しい風景と孤独感を表現しています。
第7曲 西風の見たもの
嵐の様々な表情を、斬新な響きで表現しています。アンデルセンの童話からイメージを得ています。
第8曲 亜麻色の髪の乙女
優しい旋律による叙情的な曲。他の曲とは異なり、調性がはっきりしています。
第9曲 とだえたセレナード
ギターに乗って歌われるセレナードの情景を描き、スペイン風の性格を持っています。
第10曲 沈める寺
海に沈んだ大聖堂が再び現れるという伝説を基にした曲。神秘的な和音の連なりから大聖堂の出現へと高まり、やがて再び沈んでいく様子が描かれています。
第11曲 パックの踊り
シェイクスピアの戯曲に登場する妖精パックが動き回る様子を、軽妙な筆致で描いています。
第12曲 ミンストレル
白人が黒人に扮して歌い踊るショーの情景を描いた、陽気でユーモアに溢れる曲です。

第2巻

第1曲 霧
白鍵と黒鍵の和音の衝突が、模糊とした情景を映し出しています。ストラヴィンスキーの影響が見られます。
第2曲 枯葉
秋の寂しさを表現し、半音と全音の組み合わせによる音階が多用されています。
第3曲 ヴィーノの門
ハバネラのリズムで、情熱と甘美さが交錯するスペイン情緒豊かな曲です。
第4曲 妖精たちはあでやかな踊り子
妖精の軽やかな動きを、変化に富んだ音で表しています。
第5曲 ヒース
牧歌的な旋律が美しく、上品な曲です。
第6曲 奇人ラヴィーヌ将軍
ケークウォークのリズムを使い、道化の動きを捉えたユーモア溢れる曲です。
第7曲 月の光が降り注ぐテラス
月の光に照らされた情景が、デリケートな和音と音の動きで描かれています。
第8曲 水の精
水の精を描いた、幻想的な曲です。スケルツォ的な性格を持っています。
第9曲 ピクウィック殿をたたえて
チャールズ・ディケンズの小説の主人公をパロディ風に描いた曲で、イギリス国歌が引用されています。
第10曲 カノープ
古代エジプトの壺をイメージした、悲しげな幻想的な曲です。
第11曲 交代する三度
叙情的な題名はなく、無機的な運動からなる曲です。
第12曲 花火
フランス革命記念日の花火を、大胆な音響実験とピアノの技巧で表現した曲です。フランス国歌が引用されています。

編曲

ドビュッシー自身はオーケストラ編曲を残していませんが、「ミンストレル」にはヴァイオリンとピアノのための編曲版が存在します。「亜麻色の髪の乙女」はアンドレ・カプレによる編曲が有名で、ヴァイオリン、フルートなど様々な楽器のための編曲が存在します。レオポルド・ストコフスキーは『沈める寺』の管弦楽版を編曲しました。近年では、コリン・マシューズやピーター・ブレイナーらが全曲のオーケストレーションを手がけています。また、ゲーム『Untitled Goose Game』では「ミンストレル」が使用されています。

その他

「亜麻色の髪の乙女」という題名の歌がありますが、この曲とは関係ありません。
第1巻の12曲目は「吟遊詩人」と訳されることがありますが、正しくは「ミンストレル」です。

楽譜

デュラン社、ペータース社、ヘンレ社、ベーレンライター出版社、リコルディ社、全音楽譜出版社、春秋社、音楽之友社（安川加壽子版、山崎孝版）、ハンナ版など、多くの出版社から楽譜が出版されています。

参考資料

ポケットピアノライブラリー ドビュッシー 前奏曲集 第1集・第2集（全音楽譜出版社）
ドビュッシー ピアノ作品演奏ハンドブック 中井正子著
Lesure, François and Howat, Roy. "Debussy, Claude." Grove Music Online. Oxford Music Online
Roberts, Paul (1996). Images: The Piano Music of Claude Debussy. Portland, Oregon: Amadeus Press

外部リンク

前奏曲集第1巻（詳説）
前奏曲集第2巻（詳説）
前奏曲集 第1巻の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
前奏曲集 第2巻の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
* 荒野のヒース - AKINO from bless4の楽曲

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